第8話 頼もしい護衛

「熱烈な歓迎には参るな」

「モテ期到来ですね」

「嫌なモテ期だ」


 リカルドの館がある廃村へ向かう道中、ベルナルドは長剣を振るって真っ赤な狼の姿をした魔物、ルフスルプスの一刀両断に切り伏せた。周辺にはすでに十体以上のルフスルプスの亡骸が転がっている。本来なら人里近くに出現するような魔物ではないが、奇書の発する魔力に引き寄せられて大量発生しているようだ。


「ベルナルドさんの剣技はお見事ですね。何かの流派なのですか?」


 少し離れた距離からララがベルナルドの動きを興味深そうに観察する。ベルナルドは無駄なく迅速に魔物の襲撃に対処してくれているので、ララの周囲には魔物の接近どころか血痕一つ残されていない。


「何の面白味もない我流の剣だ。俺は別に剣士ではないからな」


 それを体現するかのようにベルナルドは、頭上の木から鋭い木製の槍で狙ってきた猿の姿をした魔物、ジョーヌショウジョウ目掛けて腰にマウントしていた手斧をノールックで投擲。手斧が体にめり込み木から落下してきた亡骸から斧を引き抜くと、接近戦を仕掛けて来た別個体目掛けて手斧を振り抜き、頭をかち割った。ベルナルドはあらゆる武器に精通し、戦術や場面を選ばない汎用性の高さを傭兵としての売りにしている。一つの武器を極めた達人には及ばないものの、あらゆる武器の扱いが高水準。加えて仕込み武器など搦め手も器用にこなせる。


「ララ。頭を低くしろ」


 護衛されている身として、傭兵の意見は順守だ。ララが即座に姿勢を低くすると、ベルナルドはララの背後に出現した熊に似た魔物、グリスリズリー目掛けて左腕に装着した籠手の鋭利な先端を向ける。次の瞬間、仕込まれていた火薬が炸裂し、鋭い錨型のブレードが籠手の先端から勢いよく射出され、ララの頭上を越えてグリスリズリーの首を刎ね飛ばした。首から噴き出した血が周囲に飛び散るが、ララは持参していた折り畳み傘を差してちゃっかり血飛沫を防いでいた。


「ベルナルドさん。今の武器は何ですか?」


 グリスリズリーを撃破したことで襲撃の波が止み、ララは目を輝かせながらベルナルドへと駆け寄った。多種多様な武器を使いこなすだけならばともかく、ベルナルドの使った籠手は既製品ではなくオリジナルの装備。ララの知的好奇心が刺激される。


「籠手の中に仕込んだ火竜石とモストロモスの鱗粉火薬を爆発させて、その勢いでブレードを射出する。知人の武器職人お手製のオリジナル装備だ。弓の扱いも心得てはいるが、両手が塞がってしまうからな。今回みたいな単騎の護衛任務なんかでは重宝している」


「一度しか使えないんですか?」


「予備のブレードと鱗粉火薬を装填すれば何度か使える。内部で火薬なんて爆発させてるから、射出装置である籠手の方には耐久限界があるが、今回の任務中ぐらいは持つはずだ」


「体に装着している以上、籠手には人体への衝撃を緩和する機構も組み込まれているのでしょうが、それでもあれだけの出力となると、体にかなりの衝撃が来るのではありませんか?」


「それに耐えうるように肉体は鍛え上げている。まあ、多少腕にビリビリとは来るがな。筋肉は全てを凌駕する、だ」


 領主の館でのララの台詞を引用しながら、ベルナルドは籠手に替えのブレードを装着し、鱗粉火薬を充填した。


「他にも変わった装備をお持ちだったりするのですか?」


「今回の任務には持ち込んでいないが、実用的なものからネタ装備まで、アジトには色々と保管してある。仕込みボウガンとか、パーツを分割して持ち明ける槍とか」


「大変興味深いです。レキシコンに戻ったら是非拝見させてください!」


「考えておく。引き続き、巻き込まれない程度に下がっていろよ」


「了解です」


 表情を引き締め直したベルナルドからララはそそくさと距離を取る。木々や草木が擦れる音が、魔物の襲撃の新たな波を予告している。それでも戦闘手段を持たないララの表情に一切の憂いはない。目の前の屈強な傭兵は絶対に自分を守り抜いてくれるという確信を抱くのに、彼の姿は説得力があり過ぎる。


「なるほど。こいつは足取りが重くなるわけだ」


 リカルドの館のある廃村に到着した頃には、ベルナルドは明確に体に異変を感じていた。気を抜いたらそのまま敷物になってしまいそうなぐらいに体が重い。まるで大量の重荷を体に背負っているかのようだ。


 この辺りまで来ると、野生の魔物の姿も随分と少なくなった。同様の影響を魔物も受けており、現象の発生源である奇書の周辺を本能的に避けているのだろう。奇書の魔力に引き寄せられたはずが、肝心の奇書には近づけず、ファルコニエーリ領における魔物の出現域は現在、廃村を中心にドーナツ型を形成していた。


「ベルナルドさんの強靱な肉体は流石ですね。奇書の影響はかなり強烈なので、この時点で一般人はもちろん、訓練された兵士でも動けなくなっていますよ」


「魔導司書に耐性があるのは承知しているが、そこまで余裕綽々だと俺の自尊心が傷つく」


 ベルナルドは強がって苦笑を浮かべた。仕方のないことだと分かっていても、状況だけ見れば、余裕の笑みを浮かべる華奢な少女と、疲労感が滲み出ている筋肉質な男性の対比は情けなく映る。


「私だって多少は怠いですよ。耐性があるとはいえ、まったく影響がないわけじゃありませんから」


「怠いで済むなら羨ましい。魔導司書の特殊な訓練とやらは一体何をするんだ?」


「部外秘なので詳細は語れませんが、あまり気持ちの良いものではありませんよ。それは例えば熱に浮かされている時に見る、支離滅裂な悪夢のような」


「……前言は撤回する。お前はお前で苦労してるんだな」


 精神的か肉体的かの違いがあるだけで、己に負荷をかけなければ対峙することもままならない。奇書とはやはり一筋縄ではいかない存在だ


「ここが目的地のようですね」


 廃村からさらに森の方へと進んでいくと急に土地が開けて、一つの建物が姿を現した。地図によるとあれが生前のリカルドが魔導の研究を行っていた館のようだ。三角屋根が特徴的な平屋で、魔導士の研究施設というよりも普通の民家に近い印象を受ける。家主が亡くなって二十年が経ち、館は寂れてしまっているが、館に眠る奇書の影響で周辺の木々の葉や実が例外なく落下し、背の高い草も全て館に向けて頭を垂れるように倒れている。まるで自然そのものが館にひれ伏しているかのような異様な雰囲気だ。


「私をここまで無事に送り届けてくれた時点でベルナルドさんのお仕事は終わりです。安全のため外で待機していてください」


 同行するベルナルドは足取りが重く、普段は正しい姿勢も前傾となっていた。気力で顔色一つ変わっていないよう見せているが、奇書の影響は顕著だ。耐性のある者以外なら、もう腕の一本も動かせなくなっているところだろう。


「俺はお前の護衛だ。最後まで付き合うさ」


「駄目です。館に一歩でも踏み込めば、ベルナルドさんはきっと潰れたカエルみたいな無残な姿になってしまいますよ」


「潰れたカエルって。しかしだな」


「奇書との対峙は魔導司書の専売特許。ここから先は私のお仕事です。それに、魔物が館を襲撃する可能性だってゼロではないので、是非とも見張りをよろしくお願いします」


「……そこまで言われたら頷くしかないな。雇われた傭兵の身で言えたことではないが、任務よりも命を優先しろよ。危険だと判断したら直ぐに脱出しろ。アルチバルドからもお前の安全を第一にと言われている」


「お心遣い痛み入りますが、私は優秀ですから大丈夫ですよ。任務を終えてプレッシャーからも解放されましょう」


 笑顔でそう言い残すと、鞄を手にしたララの背中は館の中へと消えていった。


「笑ってやがる」


 伏魔殿へ飛び込もうとするその瞬間も、ララの表情には好奇心が満ち溢れていた。彼女は本気で不安など抱いてはいないのだろう。こんな時になんだが、その姿勢や表情もまた、ララは母親のセリーヌとよく似ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る