第6話 初顔合わせ

「魔導司書のララ・ドゥヴネット・サンドリヨンです。よろしくお願いいたします」

「傭兵のベルナルド・ベルナベウだ。こちらこそよろしく頼む」


 奇書蒐集任務出発当日。レキシコン西門からクアドラード王国へ向けて出発した馬車の中に、ララとベルナルドの姿があった。お互いに前日までは任務の準備や、ベルナルドは平行して傭兵としての業務も行っていたので、当日が初めての顔合わせとなった。


 ――本当にセリーヌによく似ているな。アルチバルドも驚くわけだ。


 魔導司書の制服であるブレザーやベレー帽を身に着けたララは、今は丸眼鏡を外しており、母親の形見の眼鏡チェーンと繋いでネックレスのように首から下げていた。その容姿は在りし日の母セリーヌを彷彿とさせ、表情に出さないまでも、ベルナルドも無言という形で動揺していた。


「私の顔に何かついてますか?」

「いや。その若さで魔導司書なんて大したものだと思ってな」


 慌てて適当な理由をつけて取り繕う。もしもアルチバルドが同席していたら、怪訝な顔で咳払いをされていたことだろう。


「運が良かっただけですよ」


 ララは苦笑して首を横に振ったが、時には魔導の常識をも覆しかねない禁書を管理することもある魔導司書の資格はもちろん、運だけで合格できるような簡単なものではない。


「そう謙遜するな。史上二番目の若さでの魔導司書合格と聞いているぞ」


「強いて言うなら、私はたまたま魔導司書の分野に尖っていただけです。副館長とは違って他の分野はてんで駄目ですし」


「時代も経歴も異なるし、一概に比較出来るものではないだろう。そもそもあいつは、良くも悪くも比較対象としてあてにならない」


 ララの魔導司書資格取得年齢は十六歳八カ月で、それを凌ぐ最年少記録は、現在の副館長アルチバルドが持つ十六歳六カ月。加えてアルチバルドは様々な魔導資格にも手広く挑戦しており、彼の打ち立てた記録の数々は今でも、魔導都市レキシコンでタイトルを維持し続けている。


「副館長とはご友人同士と聞きました。付き合いは長いのですか?」

「十代後半からだから、かれこれ二十年以上の付き合いになるな」

「二十年以上となると、今の私ぐらいの年齢の頃ですね」


「それこそ出会いはアルチバルドが魔導司書の資格を得た頃だったな。当時のあいつはディルクルム魔導学園の研究室に務めていて、魔導司書の資格を取得したのもそもそもは、魔導研究に役立てるためだったと聞いている。俺は当時はまだ駆け出しの傭兵で、護衛の依頼という形であいつと出会った。新人で雇用費が格安だったから、予算を節約したいアルチバルドの需要と噛み合ったようでな。自分で言うのもなんだが、当時からそれなりに腕前には自信があった。コスパが良いってアルチバルドが何度も俺を指名してくれたよ。同い年だったのもあって、打ち解け合うまでにそれほど時間はかからなかった」


「そんなことがあったんですね。副館長はあまり昔話はしてくださらないので新鮮です。ひょっとして、副館長が諸国を旅して回っていた頃にもご一緒に?」


「ああ。直々のご指名で旅の護衛として同行してその頃に……」


 言いかけてベルナルドは慌てて頭を振る。話の流れでついセリーヌの名前を口走りにそうになってしまった。セリーヌと出会ったのは、アルチバルトとベルナルドが長期間各地を旅して回っていた頃のことで、紆余曲折を経て彼女も一緒に旅をするようになったという経緯があるのだが、セリーヌの名前を伏せて当時の話題を語ることは不可能だ。セリーヌの遺言に従い、ララの前で彼女の話をするわけにはいかない。


「急に口ごもってどうされましたか?」


「あまり昔話をし過ぎると、アルチバルドから部下に余計なことを吹き込むなと叱られそうだ。悪いが続きは、アルチバルド本人にでも聞いてみてくれ」


 こういう時にツラツラと適当な言い訳を考えられるのは、長年傭兵として様々な依頼を熟してきたからこその柔軟性だ。気まずそうに頬をかくベルナルドのおっさんの哀愁も、ある種の説得力を生んでいる。


「傭兵として、到着前に何か確認しておきたいことはありますか?」


「ならばこの機会に質問させてもらうが、そもそも奇書とは何だ? 禁書とは異なるものなのか?」


 ベルナルドとて、アルチバルドを始めとする多くの魔導関係者と長年共に仕事をしてきている。門外漢とはいえある程度は魔導の知識は有しているが、奇書という名称を聞くのは今回の任務が初めてだ。


「奇書とは近年、新たに魔導書に追加された区分で、専門家の間でしかまだ情報が共有されていないので知らなくても無理はありません。階級としては禁書相当であるプリムム、セクンドゥムに次ぐ、テルティウムに該当する要保管対象です」


「クアルトゥム以上か。奇書とはそんなに危険なものなのか?」


 魔導都市レキシコンでは魔導書を、禁書と呼ばれる禁忌から、入門編や日常生活レベルの魔導に至るまで、十の階級に区分している。広範囲を攻撃し、かつての大戦でも猛威を振るった魔導書が多く名を連ねるクアルトゥムの階級を、奇書が属するテルティウムは一段階上回っており、レキシコン側の警戒が窺い知れる。


「奇書に関しては、今回のように近づく者を攻撃する実害もそうですが、その実態にはまだまだ謎が多く、未知に対する危険性という側面の方が強く感じられます。なにせ奇書は、魔導書としての体を成していない場合がほとんどのようですから」


「どういうことだ?」


「魔導書とは本来、魔導士がまとめた魔導の研究成果や、新たに魔導を取得しようとする者へ向けた指南書として書かれているのが一般的ですが、奇書はそもそも魔導書としては書かれておらず、ある時は内容が冒険小説であったり、ある時は戯曲であったり、またある時にはまったく意味を成さない不可解な文字の羅列だったり、おおよそ魔導書としてのカテゴライズが難しいものばかりです。にも関わらず奇書自体は魔導的な超常現象を巻き起こし、時に周囲に被害を生じさせる。魔導書であって魔導書ではない。それらは読んで字の如くの奇書というわけです」


「本の形態をした自然災害と捉えれば、確かにテルティウム相当も頷けるな。しかし、どういった原理で魔導書ではない書物にそんな力が?」


「まだ仮説の域を出ませんが、奇書の著書は決まって魔導の才を持った者であるようです。この事から、魔力を持った者の綴った文章が、一般的な魔導書とは異なる形で魔導書としての体裁を手に入れ、本人に由来した魔導が周辺に超常現象を発生させているのだと考えられています」


「その理屈だと、魔導士が綴ったあらゆる文章が魔導書と化すんじゃないか? そうなれば世の中は大パニックだ」


「仰る通りです。ですが実際にはそうなってはいない。このことから、執筆時の感情や環境的な要因が、魔導士の文章を奇書へと変貌させているのではないかと考えられています。実際、著者の死後に見つかった文章が奇書となっていた例は多く、今回蒐集予定の奇書の著者であるリカルド・ジンガレッティも故人かつ、彼の過ごしたファルコニエーリ領はかつての内戦の激戦地でもあった。文章が奇書と化すような強烈な感情が生まれていても不思議ではありません」


「それだけ聞くと、まるで怨念の籠った呪術書のようにも聞こえるが」


「程度の差はあれ、実際にはそうとしか形容できない奇書も存在しているでしょうね」


「恐ろしくはないのか?」


「何を恐れることがありましょうか。新たな書物との出会いが楽しみで仕方がありません」


 揺れる馬車の中で、ララはアルベルトの常識的な問いかけに対して微笑みを返した。


「なるほど。それぐらいの意気込みでないと奇書とは渡り合えないか」


 穏やかな口調とは裏腹に、アルベルトは心中に不安を覚えていた。ララの中に存在しているは純粋な好奇心で一切の恐怖や憂いが介在していない。それは探求においては確かに強みであるが、夢中になり過ぎるあまり己を省みない危うさも内包している。危険から身を守ると護衛としての役目は元より、大人の目線で時には諫め役となる必要があるかもしれない。


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