第5話 傭兵ベルナルド・ベルナベウ
「彼と同じものを」
繁華街の片隅でひっそりと営業する小さな酒場を訪れたアルチバルドは、カウンター席に目当ての大きな背中を見つけた。隣の席へと腰を下ろすと、酒場の店主に酒を注文した。
「魔導図書館の副館長様がこんなところに何の用だ?」
隣のアルチバルドを
「仕事の話だよ。ギルドに姿が見えなかったから、どうせここだろうと思ってな」
「仕事の話なら、それこそギルドで適任者を紹介してもらえ。態々俺みたいなくたびれたおっさんを雇う必要なんてないだろう」
「ギルドマスターにも確認したうえで話を持ちかけている。これは正式な依頼だと思ってくれていい」
「そういうことなら話ぐらいは聞くが、そもそも魔導図書館がどうして傭兵ギルドに依頼を?」
「奇書蒐集の任務をレキシコンを代表して当館が担当することになった。私は傭兵の選定を任されていてね。現地では魔物との遭遇が想定されるため、君には当館が派遣する魔導司書の護衛を依頼したい」
「奇書蒐集ね。噂には聞いていたが、騎士団ではなく魔導図書館が権利を得たわけか」
「詳しいじゃないか」
「暇だからこそ色々な情報が流れてくるんだよ」
くたびれたと己を卑下しながらも、傭兵としてしっかりとレキシコン内の情勢を把握している。こういった地道な活動が体に染みついているのだろう。本人の自己評価以上に、アルチバルドはベルナルドのことを評価していた。
「奇書蒐集に関するあらゆる作業は魔導司書が行うため、君は魔導司書の安全確保に集中してくれればそれでいい。君が報酬に左右されるような人間でないことは知っているが、レキシコンの公的任務とあって、それ相応の報酬も約束されている。悪い話ではないだろう」
「だからって、どうして俺なんだよ」
「任務の成功は当館の
「部下とはいえ、ずいぶんと入れ込むじゃないか。まさかお前の隠し子か何かじゃないだろうな?」
モテ男であるアルチバルドにからかい半分で軽口を叩く。鋭いツッコミでも帰ってくればと思ったのだが。
「……私に子供はいない。ララはセリーヌの忘れ形見だ」
「なっ! おいおい!?」
名前を聞いた瞬間、ベルナルドは驚きのあまり飲みかけの酒を吹き出してしまい、そのまま盛大にむせた。
「セリーヌって、あのセリーヌ・ブランシュ・ネージュか?」
「私たちのよく知るセリーヌは彼女以外にいないだろう」
「娘がいたなんて聞いてないぞ。セリーヌは天涯孤独の身で、葬儀も友人だった俺とお前の連名で行った。参列した関係者にも娘なんていなかっただろう」
「私だって最近までララの存在は知らなかった。知ったのは十カ月前、彼女が魔導司書の資格を得て、魔導図書館への勤務が始まってからのことだ」
「その子が自分からセリーヌの娘だと名乗ったのか?」
「いや。彼女は母親のことを知らない。私が一方的に気付いただけだ。ララの容姿は生前のセリーヌによく似ていたし、何よりも彼女は、セリーヌの形見の眼鏡チェーンを首にかけていた」
「そういえば、遺品整理をした時もあの眼鏡チェーンは見つからなかったな。娘に渡っていたということか」
生前の友人のトレードマークだった、魔導鉱石を加工して作り出された特別な眼鏡チェーン。あれをアルチバルドが見間違えるはずがない。
「副館長として褒められたことではないが、ララとセリーヌの関係性を調べずにはいられなくてね。独自に調査した結果、ララは十七年前にセリーヌによって孤児院に預けられていたことが分かった。その後、養父母であるサンドリヨン夫妻の元へと引き取られている。サンドリヨン夫妻や孤児院にも確認を取ったので間違いない。ララはセリーヌの娘だよ」
「……すまない。少し頭の中が混乱している」
あまりの衝撃に酔いもどこかへと飛んで行ってしまった。ベルナルドの頭の整理が済むまで、アルチバルドは自分のグラスに口をつけながら静かに待った。
「……その、ララって子の父親は?」
「不明だ。セリーヌは孤児院にララを預ける際、親は自分一人だと話したそうだ」
「セリーヌにだって色々事情はあったんだろうが、どうして俺達に何も言ってくれなかったんだ……遠くにいたとはいえ、あいつの頼みならいつだって力になったのに」
「同感だよ。娘のララが養父母に恵まれたことは幸いだったが、それでも孤児院に預ける前に、どうして私たちに相談してくれなかったのか残念に思うよ。支援は惜しまなかった」
セリーヌがララを産み、亡くなるまでの数年間。友人だったベルナルドとアルチバルドは異なる道を歩み、それぞれ活躍していた。そんな友人二人に心配をかけさせまいとしたのかもしれないが、出来ることなら頼ってほしかったと、十七年越しにそう思わずにはいられない。
「彼女は母親のことを知らないと言ったな。お前の口からは何も伝えていないのか?」
「セリーヌのことは何も。それ以前に、母親と旧知であったことも一切口にしていない。彼女にとって私は上司の副館長というだけの認識だよ」
「孤児院に預けられている以上、口にしづらい話題なのは分かるが、そこまで徹底する必要があるのか?」
「これはセリーヌの意志なんだ」
「セリーヌの?」
「セリーヌはララを孤児院に預ける際に言ったそうだ。母親の存在を知らない方がこの子のため。自分のことは決して教えないようにと。そのことをサンドリヨン夫妻も承知していてな。夫妻とも話し合い、セリーヌのことはララに伝えない方向で話がまとまった」
「合点がいった。だからこれまで、ララの存在を俺にも秘密にしていたのか」
セリーヌに娘がいたという事実をアルチバルドは以前から知っていた。どうしてもっと早く教えてくれなかったのかとベルナルドは内心複雑だったのが、生前のセリーヌの意志と知ってしまったらもう何も言えない。仮に先に知ったのがベルナルドの方でも同じ選択をしただろう。
「セリーヌの存在が秘密である以上、君に知らせても気を揉ませるだけからな。秘密は私一人で抱え込んでいればいいと思っていたのだが……こうなってしまえば君にも事情を打ち明けざるを得ない。奇書蒐集には護衛が必要な以上は、実力だけではなく、人格的にも信頼出来る人間であってほしい。君ならばセリーヌの娘であるララを守ってくれるという確信がある。私の中で君以上の候補はいないよ」
「そう思うなら、そもそも危ない橋なんて渡らせるべきじゃないだろう」
「……返す言葉もないが、任務に適性があるうえに、ララ自身が積極的でもある。副館長として強く反対することは出来ない。それこそ公私混同だからな。彼女は本を愛し本に愛される本の申し子なんだよ」
「本の申し子。血は争えないか」
熱心な読書家だったセリーヌを思い起こさせる言葉だった。
亡き友人のため、部下のため、副館長としての立場。それらの間でアルチバルドがララに対して最大限やってあげられることは、自分の考え得る最高の人材を護衛につけることだったのだろう。親友としてベルナルドに出来ることはその意志を汲むことだけだった。
「ベルナルド。どうかララの護衛を引き受けてくれないか?」
「分かったから頭を上げろ。傭兵として依頼を受けさせてもらう。報酬も良いらしいしな」
「感謝するよベルナルド。ただし、ララの前でセリーヌについては……」
「もちろん。あくまでも護衛を依頼された一傭兵として振る舞うさ。それはそれとして、お前と友人関係にあることは別に話しても構わないだろう?」
「構わんが、あまりララに妙なことは吹き込むなよ。若い頃の失敗談とか」
「どうしようかな。うっかり口を滑らせてしまうかもしれない」
挑発的に笑うと、ベルナルドはあからさまにカウンターに置かれていたメニュー表を眺め出した。
「ここは私の奢りだから好きなだけ頼め」
「冗談のつもりだったんが、そういうことなら遠慮なく」
「ちゃっかりしてるな」
「傭兵稼業なんてそんなもんだよ」
そう言って、ベルナルドは次々と酒や摘まみを注文していく。
「今日は私も飲ませてもらう」
「おう。じゃんじゃん頼め」
「私の奢りだろうが。まったくもう」
お互いにもう三十代後半だが、この日飲み交わした酒は、若い頃を思い出すようで楽しかった。
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