第4話 ファルコニエーリ領

「別荘地としての開発を進め、領の経済を立て直し始めたところでの奇書騒動。これは確かにファルコニエーリ領にとっては死活問題ですね」


 魔導図書館の寮に戻ったララは、自室でファルコニエーリ領に関する資料を読み込んでいた。


 三十二年前、クアドラード内戦の激戦地でもあったファルコニエーリ領は甚大な被害に見舞われたが、内戦鎮圧に貢献した功績によるクアドラード王国からの手厚い支援と、名君と名高い先々代領主ピエトロ・ファルコニエーリの政治手腕により見事な復興を果たした。


 しかし内戦の鎮圧以降、クアドラード王国は平穏の時代へと突入し、皮肉なことに優秀な騎士団を有していたファルコニエーリ領は徐々に活躍の機会を失っていき、領の財政面に不安が現れる。


 時を同じくして先々代領主のピエトロ・ファルコニエーリが亡くなり、二十八年前には子息のアルド・ファルコニエーリが領主の座を継承したが、お世辞にも有能な統治者とは言えなかったようで、打ち出した経済政策はことごとく裏目に出て、領の経済はさらに冷え込んでいった。さらには部下の意見を軽視し、高慢で抑圧的な性格が露呈していき、時には暴力的な方法で権威を示すこともあったという。名君と称された父ピエトロとは対照的な暴君であったというのが現在の評価だ。


 そんな先代も七年前に亡くなり、現在は子息のルベン・ファルコニエーリが領主の地位を継承。王都で経済学を学んでいたルベンは、大きな湖や狩猟に適した豊かな森を有する環境、国内を結ぶ主要な街道にも近い領の立地に着目し、人口減で廃村となっていた地域を、貴族向けの別荘地として再開発する計画を打ち立てた。この采配は見事に当たり、自然豊かなファルコニエーリ領の環境は貴族に好評を博し、多くの商人の呼び込みにも成功した。その甲斐あって、父アルドの代で冷え込んだ領の経済はこの数年で徐々に持ち直しつつあった。


 今回の奇書騒動は、新たな別荘地の開発に着手した矢先の非常事態であった。開発に遅れが出るだけではなく、奇書騒動による風評被害が広まれば、既存の別荘地を貴族が敬遠する事態も起こりかねない。事実、奇書の魔力に引かれて周辺地域では魔物が出現し治安が悪化しているとのこと。ファルコニエーリ領を取り巻く状況は深刻だ。


「リカルド・ジンガレッティが亡くなったのは二十年前は先代当主の時代。名君から暴君への時代の移り変わりを、彼はどう感じたのでしょうか」


 偉人の手記でもない限りは、故人の感情までを読み取ることは出来ない。今ララが把握出来たのはあくまでも歴史的事実に過ぎない。リカルド・ジンガレッティが奇書を残すに至った経緯は、やはり現地で感じ取る他ない。


「そういえば、図書館の皆さん以外の方とお仕事をするのは初めてですね。お話ししやすい方だとよいのですが」


 資料を畳んで目を伏せると、ふと今回の任務は自分一人ではないことを思い出す。

 ディルクルム魔導学院の研究員やメリディーエス魔導商会の商人であれば、傭兵ギルドと合同で仕事にあたる機会も多いが、魔導司書が傭兵ギルドと協力するのは希で、ララにとってもこれが初めての経験であった。もちろん目の前の奇書蒐集任務に集中するのみだが、どうせ一緒に行動するなら居心地の良い相手であってほしい。一体どんな傭兵が護衛をしてくれるのだろうか。

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