第3話 奇書蒐集

「魔導司書ララ・ドゥヴネット・サンドリヨン。あなたに奇書蒐集任務を命じます」

「わ、私ですか!」


 シュレディンガー館長は館長室にて、自身の知る中で最も奇書蒐集の適正があるララを任務へと抜擢した。魔導都市レキシコンは実力主義で、年齢に関係なく優秀な人材を登用する傾向にはあるが、それでも魔導司書一年目のララは大抜擢といえる。


 それ程までに、シュレディンガー館長はララの奇書取集への適正を評価している。あらゆる書物を読み込んだ圧倒的な知識量はもちろんだが、ララの何よりの強みは彼女の魔導司書としての姿勢にある。


「是非ともやらせてください! まだ見ぬ新たな書物との出会い。想像しただけでワクワクします!」


 恐れるわけでも困惑するでもなく。ララは純粋な好奇心に目を輝かせていた。そんなララの姿を見てシュレディンガー館長は口元に笑みを浮かべる。奇書と対峙する際に経験値をも上回って重要視されるのは、その奇書を知らんとする探求心、好奇心、知識欲であるとシュレディンガー館長は考えている。本を愛し本に愛されたララほどの適任は他にはいない。


 その一方で、同席していた副館長のアルチバルドは口を挟まないまでも、不安気な表情で二人のやり取りを見守っていた。


「それでは任務について話しましょうか。今回奇書とおぼしき魔導書が発見されたのは、クアドラード王国西部のファルコニエーリ領。領内の廃村の再開発中に作業員が次々と倒れるという事態が多発しましてね。魔力反応が確認されたことから王国経由でレキシコンに調査依頼が出され、オートマタを用いた第一次調査の結果、村外れの館に奇書と思われる革表紙の書物が確認されました。この館には二十年前に亡くなったリカルド・ジンガレッティという名の魔導士が住んでおり、奇書の著者も同氏である可能性が高いと思われます。享年は四十二歳」


「リカルド・ジンガレッティという名前は存じ上げません。歴史書や魔導教本には記載のない、地方領主のお抱え魔導士といったところでしょうか。ファルコニエーリ領といえば、三十二年前の内戦の激戦地ですし、それも何か関係あるかもしれませんね」


 ララは早速奇書に関する考察を始めていた。奇書が誕生した以上、著者の強烈な感情に由来していることは疑いようがない。年齢を考えればリカルドはかつてのクアドラード内戦にも参加している可能性が高く、この出来事が大きく関わっている可能性は大いに考えられる。


「廃村周辺には魔物の生息域があり、奇書の魔力に引かれて活発化しているとの情報もありますが、傭兵ギルドに護衛を依頼しますのでその点はご安心を。ララは奇書との対峙にだけ集中してください」


「それを聞いて安心しました。本を前にすると周りが見えなくなる自覚はあるので」


「以降は奇書蒐集任務を最優先とし、ララの担当していた館内業務は他の者へと引き継ぎます。出立までの準備期間に、より知識を深めておきなさい」


「畏まりました。早速今回の任務に活かせそうな資料を館内で読み込んできたいと思います」


「期待していますよ。ララ」


 シュレディンガー館長は激励するようにララの肩に触れた。奇書を取り巻く環境についての懸念を伝えても、ララは奇書との出会いにばかり思いを馳せている。やはり彼女以外の適任はいないと再確認出来た。


「奇書蒐集の権利を得られて一先ずは安心しました」


 ララが館長室を去った後、アルチバルドは神妙は面持ちで口を開いた。


「奇書がマグナやライデンの元へ渡れば、奇書の戦術方面への転用を研究しかねませんからね。それが魔導商会や交通局の利益になると見込んでマグナに票を入れたモンドラゴンとレオナにも困ったものですよ」


 奇書は安易に取り扱ってはいけない危険な代物であるというのが、シュレディンガー館長と彼女に投票した四人の賢者の総意だった。今後解明が進めば研究の余地は出てくるかもしれないが、現状では魔導司書の管理の元、クレプスクルム魔導図書館の専用の書庫に保管しておくのが最善だ。


「三人の票があちらに流れたことで票数が拮抗し、マグナからも条件を出されてしまいました。当館が奇書蒐集に失敗すればその時点で、任務の主導権は騎士団側へと譲渡さることになっています」


「結果を出し続けなくてはいけないということですか。マグナ騎士団長の考えそうなことです」


「この程度で心が乱れるような子ではありませんが、一応このことはララには秘密に。彼女には目の前の奇書蒐集に集中してもらいたいですから」


「……そういった配慮が出来るのでしたら、ララにこんな役目を背負わせないであげてほしかった。代わりに私が赴きましたものを」


「あなたには無理ですよ、アルチバルド。あなたの体には奇書の恐怖が染みついている。そうなってしまえば奇書との対峙は難しい。これが奇書蒐集ではなく禁書回収であったなら、迷わず経験豊富なあなたを任命しましたがね」


「あの子一人に背負わせるには、奇書の存在は重すぎます。マグナ騎士団長たちにも目をつけられる」


「あの子だって全てを理解した上で任務を受け入れたはずですよ。上司である私達に出来るのは全力で彼女を支えてあげることでしょう」


「詭弁ですね」


「詭弁を言えるようになってしまった私達にはもう、奇書と対峙することは難しいということですよ」


「……返す言葉もありません。失言はお詫びします」


「気にしないでください。忌憚ない意見を述べる部下の存在は何よりも貴重ですから」


 頭を下げるアルチバルドに対するシュレディンガー館長の言葉は温かい。部下としてはもちろん、自身の意志を継ぐ次代の館長候補としてもアルチバルドには目をかけている。


「奇書蒐集はララに一任するとして、外敵から彼女を守る優秀な護衛の存在が不可欠です。アルチバルドは傭兵ギルドとも親交が深かったわね。傭兵の選定をお願い出来るかしら?」


「そういうことでしたら、一人心当たりがあります」


 顔を上げたアルチバルドの表情からは憂いが消え、職務に忠実な副館長としての鋭さを取り戻していた。ララが奇書蒐集に赴く定めは変えられない。ならば上司として、彼女が憂いなく任務に取り組めるように環境と整えてあげるのが務めだ。優秀な傭兵と聞いて、一人の旧友の顔が浮かんでいた。

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