クレームは不可避

こぼねサワァ

1話完結・読切

 会社の最寄駅から電車に揺られる途中、スマホをのぞくとLINEラインが届いてた。


『おーい!

 何時に帰れるん?』


 交際半年の彼女から。受信は1時間前。


 いそいそと返信。


『急に残業になった!

 いま電車 あと30分くらい』

 とどめに、劇画調のコワモテ男子が両手をあわせて「ゴメン」と言ってるスタンプをポチッ。


 ソッコーで、彼女から返信。

『あっそ』


『そっけな! キゲン悪い?』


『筋肉いためて 失敗した』


『マジ? 大丈夫?』


『ムリ

 めっちゃたたいといたのに』


『叩いちゃダメっしょ?』 痛めてんのに!


『そーなん?』


『そらそやろ!』

 ――お前バカか? と続けて入力しかけ、送信直前で書き換え、

『どのくらい痛めた?』


『テキトーに強火』


『は? 日本語で頼む』


『てか最初から痛んでたみたい 筋肉』


『マジ意味不明』


『叩く前から痛んでたって意味』


『叩くから痛んだんやろがい!』


『あんたバカなの?』


 ――くっ、コイツ!

 いや落ち着けオレ。31才にして初めて同棲どうせいにまでコギつけた、大事な年下の恋人だ。

『てか、どのへんの筋肉いためたん?』


『知らん』


『知らんわけあるか! 自分の体やろがい!』


『なんそれ? ウチの体が牛みたいって意味?』


『んなことヒトコトも言ってねぇ!』


『「筋肉スジにく」が牛肉のどこの部分かなんて知るわけないじゃんよウチが!』


 ――"牛肉"……だと?


 ってことは、

「(彼女が)筋肉きんにくを痛めた」

 じゃなく、

「(牛の)筋肉スジにくいためた」

 って話か。


 あぶね。くだらないことでケンカになるとこだ。

 オレは、あわてて送信する。

『やっと理解したわ』

 と、さっきの"劇画男子"を追いスタンプ。

『買った時から牛スジ肉が傷んでたって話よな?

 どこのスーパー? レシートある?

 オレが苦情入れてやんよ』


『もういいバカ

 ウチ出てくし』


『ちょ待て』


『ドライヤーは持ってく』


 それっきり、オレのアドレスはことごとくブロックされた。

 オレの人生初の同棲どうせいは、傷んだ牛スジ肉のせいで幕を閉じた。

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