ミューティレイション・バイオレイション。

透々実生

ミューティレイション・バイオレイション。

筋肉は潰すべき弱気を挫き、潰すべき強きも挫く。


🛸


 凍都。

 全球凍結により、何処も彼処も年中無休で厳冬になった地球で、辛うじて機能が生き残った都市をこう呼ぶようになったのは何時だったか。記録を残す媒体も無ければ、口伝しようにも人間は指折り数える程しか残っていない――昼も夜もなく零下50度を記録するこの世界で、マトモに生き残れる筈もない。

 人類はジリ貧だ――ジリジリと数を減らし続けている。


 お前らのせいだ。

 目の前で頭が潰れて死んでいる――否、先程俺が殺した宇宙人を前にして思う。宇宙人の放った『絶対零下全球死滅ビーム』によるモノだ。

 彼らは何が目的か。

 小説や映画で使い古された様に、侵略だった。一旦全球凍結をしてしてから、氷を溶かして自分達の住居にしようと考えたに違いない。でなければ、宇宙人がもこもこのコートを着て、こんなクソ寒い(どころではない!)地球にはやって来ないだろう。

 力業が過ぎる。

 そんな力業を使って後は溶かすのを待つのみなのに、それでもやって来たのは、俺みたいな生き残りが居るからだろう。『絶対零下全球死滅ビーム』といえども、地球上で嘗て発売された商品と同じく99.9%までしか効果を発揮できない。残り0.1%は自らで叩き潰すしかない。


 そんな訳で今やこの地球には、僅かな人類と、それを叩き潰しに来た宇宙人とが闊歩していた。何とも終末感漂う光景だ。

 俺はその世界で生きている。

 この全身の『調』を駆使して、力業で宇宙人共を叩き潰しながら。


「よし、今日も敵性宇宙人を一人始末、っと」

 帰るか、暖かい家に!

 きっとは、美味しいご飯も用意してくれてる筈だ。

 隆々とした腕の『戦闘調整用筋肉』を収縮させ、元の細腕に戻す。やっぱこの方が落ち着く。俺は人間だ――身体が改造されまくっていたとしても。

 『筋肉』を解除したと同時、襲い来る空腹と、肌を刺すような寒さ。反射的に体が震える。早く家に帰るとしよう。このままでは冗談抜きに死んでしまう。

 駆け足で20分――帰るべき家へ向け、それだけの時間がかかる。

 凍った地面で滑らないように足の裏には『凍結面歩行用菱』というトゲがびっしりと敷き詰められている(ちなみに裸足だ。マトモな靴よりも防寒対策も施したこちらの方が優秀である)。全力疾走したとて転ぶ事はないだろう。しかし、今は先の戦闘でエネルギーを使ってしまって、とても全力疾走が出来る状態ではない。

 白銀どころか純白の、何所まで行っても変わり映えのしない風景。走りながら横目で広がるのはそういう世界だった。嘗ては此処に親子が微笑み合いながら歩いていたり、自転車に乗った子供が駆けて行ったり、犬の散歩をしていたりという暖かな日常風景が繰り広げられていたのだろうか。そう思うと、宇宙人共に対する憎しみがより一層増す。気付けば駆ける足にも力がこもっていた。

 そうして白い息を吐き散らしながら、漸く目的地に到着する。

 元の所属国すら分からなくなった凍都の外れ。

 そこに鎮座する、金属製の土星状の構造物。嘗て俺ら地球人達がUFO――未確認飛行物体と呼んだそれだ。


 そう、これがの家。


 人体認証を通過パスして扉を開けると、体を包む様に暖かい空気が流れ込む。家の中の暖気を逃がさないよう急いで入室すると、それに応えるように扉が閉まった。安全安心のオートロックなので、背後から、がちゃりと一人でに鍵が閉まる音が聞こえる。

 かじかんだ手を息で温めながら、奥からコトコトと食べ物を煮込む音を聞く。良い匂いもする。どうやら今料理中らしい。

 全く、『室内完全培養キット』さまさまだ。これが無ければ料理なんてしてくれる筈も無く、従って俺は飢え死に間違いなしだった。

 には、頭が上がらない。

 キッチンに入って声を掛ける。

「帰ったよ」


「agjugpりなさい。ご飯もう4@bきるから!」


 振り向き、3をふりふり揺らし『笑顔』を向けてくれる。脳に埋め込んでキャトって貰った『極小自動翻訳機構』は少しガタが来ているが、意思疎通に問題は無い。

 これが、今の俺の彼女。

 大きな目。髪の毛1本も無い楕円形の顔。鈍色にびいろの皮膚。細い体躯。3本指。


 そう、紛れもなく宇宙人グレイ


 俺は彼女に家事炊事と人体改造をしてもらいながら、全球凍結した地球を生きて――敵性宇宙人を殺し続けている。


🛸


 ――全球凍結の起きてから数日のあの日。

 凍えて死にかけた自分に、手を差し伸べてくれたのが、彼女だった。


 ……山盛りの醤油煮『培養肉』――地面からにょきりと肉が生えてくる壮絶な絵面だが、これが中々美味しい――を食べながら、俺はいつくらい前かも分からぬ記憶を思い起こしていた。もうカレンダーすら機能していないし、テレビ番組も映らない(どころか基地局や電波塔が文字通りしている)ので、日付感覚が存在しない。

 俺の命の恩人である彼女は、『培養肉』を頭の後ろから取り込んでいる。ぐちぐちと後頭部で咀嚼音を響かせながら、「あまrthsalwいで下さい」と恥ずかしそうに俯く彼女の姿に目を逸らす。

 可愛いな。

 俺はそんな彼女に、この世界を生き抜く為の人体改造をされているのだけれど、そんなのは瑣末な問題だ。

 ……その改造中、非常に楽しそうな表情をしているのは、気のせいだと思いたいけど。

「tiwhl23s、ところで『筋肉』の調子はどうでo968lkea?」

 彼女――名前を聞いたことはあるのだが全部「rgfl4%wl$$ol」みたいな理解不能な言語にしか聞こえず、遂に俺は本名を知ることを諦めた――が俺の腕を心配そうに見つめる。

 感覚的には問題ない。動きとしても申し分ない。惚れ直す程完璧な人体改造だった。

「大丈夫だよ。まだまだ宇宙人共を叩き潰せそうだ」

 『戦闘調整用筋肉』――要は、細胞を意図的に増殖させて筋肉量や骨密度を一時的に増強させるもの、らしい。

 宇宙人による超技術が、そのはちゃめちゃな異能を可能にした。

 ただ代償として、細胞を増殖させるのにエネルギーや蛋白質を浪費してしまう。俺の目の前に山盛りの『培養肉』が2皿あるのは、言わずもがな補給の為だ。

「そう……」

 『培養肉』を後頭部に運びながら、明らかに彼女はしゅんとする。

 ……人体改造キャトられ中に楽しそうなのは、やっぱり気のせいじゃないかもしれない。まあ、そうだとしてもそれが『宇宙人の本能』というヤツなのかもしれない。

 許そうと思った。

 しゅんとした、そのいじらしい可愛さに免じて。

「君のお蔭だよ」

 そんな彼女の機嫌を直す為にも、俺がお礼を言うと、彼女は顔を赤らめる。うん、可愛い。その可愛さを見る為にお礼を言ったんじゃないか、と突っ込まれれば(誰に?)、正直に言えば1割くらいはそういう理由だと認めざるを得ない。

 しかし、9割は本心だった。

 『戦闘調整用筋肉』(ちなみに俺命名)も、『凍結面歩行用菱』(これも俺命名)も、『熱源感知熱視線搭載眼球』(俺命名……文句あるならかかって来い)も、その他の沢山の改造が1つでもなければ、俺はあの日雪と氷に意識を呑まれて死んでいたのだから。

 何故彼女が自分を助けようとしたのかは分からない。理由を聞いたことがあるのだが、上手いことのらりくらりとかわされてしまう。

 兎も角も俺は、不時着したこの『家』で、彼女と共に全球凍結した地球上で生活していた。彼女は良く尽くしてくれている――同胞である筈の宇宙人を殺す、この俺に。

 何故だろう?

 宇宙人同胞に、何か恨みでもあるのだろうか。

 俺が推測できるのはその位だったが、それ以上の詮索はしないでおいた。女性に対して立ち入った質問等をするのは野暮というものだ。

「嬉しい……私のrhratalんなに役に立つなら56(lrj#&hrったと思うわ」

 所々途切れていて聞こえないが、本当に嬉しそうにしているのが分かる。

 それだけで俺は満たされる心持になった。


 数分して、あっという間に『培養肉』の山を片付けてしまった。これで充分『筋肉』に栄養を行き渡らせる事ができる。次の戦闘も上手く行きそうだ。

 俺は満たされた腹を摩りながらソファに座り込む。

「美味しtey49=042sa?」

「ああ、とても美味しかったよ! いつもありがとうな」

 そう言うと彼女はまた顔を赤らめつつも、汚れた皿を食洗器の様な小さな箱の中に綺麗に並べて入れた。但しこれは食洗器ではない。汚れた皿を分子レベルで分解し、汚れ部分の分子のみを排除してから、残った皿の分子を再構成して綺麗な皿に戻すという代物だ。次世代どころか次々々々々世代のオーバーテクノロジー。そりゃあ、地球を遍く凍結させるビーム砲を作れる筈だと、この機械を見る度に妙に納得してしまう。

 10秒で綺麗になった皿を箱から取り出し、彼女は棚に皿を戻した。それから、そそくさとソファに近づき、俺の隣に座る。

 すり、と剥き出しの俺の腕を触った。彼女の肌は金属と絹の中間の様な、冷たいけれど温かみを感じる不思議な滑らかさをしている。とても心地よくて、俺は彼女に触られると安心する。癒しの波動でも出ているのだろうか。

「ねえ、tiwhl23s、今日は本当にし4thiow2の?」

 甘える様に彼女が声を掛ける。ごくり、と俺の喉が鳴った。

 ぎゅ、と俺の人間としての細い腕を指先でつまみ、くいくい引っ張る。ぐ、可愛い。この可愛さにいつも負けそうになってしまうのだが、今回はそうはいかない。

「疲れちまったからなあ」

 これは本当だったが、彼女は甘えた様に縋る様に腕に細長い指を絡める。

「ええ、私、したいのに」

 ……こういう時だけ『極小自動翻訳機構』は全て正常に作動してくれやがる。

 彼女の可愛さに俺が勝てる筈も無いのを知って、意地悪をする様に。

 ……はあ。仕方ない。

 大体、命の恩人である筈の彼女に逆らうこと自体、できる筈も無い。

「……分かったよ、しよう」

「やたっ! じゃあ、隣vbw:[-he屋に行きましょ?」

 彼女は喜び勇んでソファから立ち上がり、とんでもない力で自分の体を引っ張って起こす。やれやれ、と言いながら手を引く彼女と共に隣の部屋へ行った。




 人体改造キャトルミューティレーションをする為に。

 色んな機構を試す為、そして俺の筋肉を更に増強させる為、今日も彼女は俺の体を切り刻むミューティレーションする


🛸


 これが全部、俺の血かあ。

 人間はよくもこれだけの量の血液を詰め込めるもんだ――部屋中に飛び散った血液を拭って掃除しながら、俺は思う。後ろでは彼女も掃除を手伝ってくれていた。

 それにしても、彼女のキャトル(本来は牛だから、ヒューマン?)ミューティレーションは不思議と痛くない。麻酔なのか催眠なのか正体は分からないが、正体を失わずに切り刻まれている感覚もあるのに、痛覚が一切機能しないのだ。

 ……ここで使われているオーバーテクノロジーについては、とてもじゃないが怖くて聞き出せなかった。

 しかしこれで一段、俺は強くなった。宇宙人共を殺すことができる――彼女の同胞を、叩き潰せる。

「ありがとうな」

 俺がはっきり聞き届ける様に彼女に言うと、「ううん」と彼女は首を横に振り、一部はっきりしない答えが返って来た。

「感謝され5#htloei@はしていないの」

 喜ぶどころか、むしろ落ち込んでいた。

 思えば俺は、人体改造キャトられ後にお礼を言ったのはこれが初めてな気がした。いつもは疲労感で掃除するのに手一杯だったからだ。それが今回はしっかり会話ができるレベルで踏み止まっている。俺の体はより強くなっているんだろうか。

 だとすると、一層彼女には感謝しなければならないのに――。

「だ4htoe、本当はこん&'$Heしたくないんだもの」

 彼女は言った。……あんなに俺に、ねだる様に擦り寄っておいて?

「でも、本Ntjrho94aろしろ、って五月蠅いの」

「……成程」

 肝心の所が崩れてしまったが、復元すると恐らくこうだ。

 『でも、、って五月蠅いの』。

 人間には三大欲求がある。食欲、睡眠欲、性欲。

 恐らくはこれらと同じ様に、彼ら彼女ら宇宙人には所謂、キャトルミューティレーション欲なるものがあるのだろう。今迄知らなかった新しい宇宙人の生態だった。今後誰にも見せる事のない頭の中の宇宙人図鑑を更新する。

 図鑑を記憶の棚にしまって、俺は掃除をする手を止めて彼女の手を掴む。

「……ぇ」

 彼女は顔を赤らめて、わたわたと手をはためかせて制止を訴える。しかし俺は構わない。

「それでも、俺は感謝しているんだ」

 たとえ人類を絶滅に追いやる宇宙人と生物的に同類だとしても。

 俺の体を改造してくるとしても。

「それに、本能なら仕方ないじゃないか。抑えようなんて方が馬鹿らしい。もっと俺にぶつけてみれば良い」

 彼女は、俺の命の恩人なのだ。

 どうせ死ぬ筈だった命の扱い方は、彼女の手に委ねたって良い。

 何故なら。

「大体、人体改造中、痛みを感じない様に何か処置してくれているだろ? だから、俺は人体改造なんてされても気にしないさ」

 人間をなるべく傷つけたくない、という優しさが垣間見えるから。

 優しい彼女なら、俺の事を手荒に扱ったりはしないだろう。

「……thyhw-348awるよ」

 彼女は俺に抱き着いて囁く様に言った。頼む『極小自動翻訳機構』、こういう時はちゃんと動いてくれ。

 やっぱりちゃんと調整してもらおうか――。


 ……。

 おいおい。


「……ちょっとだけ、待ってて貰えるか?」

 俺は彼女の体を引き離した。

 真面目な俺の顔を見たのだろうか、彼女は頷いて手を振った。

「気を#$$hroaね。帰っ[;t@wazxcvbnm,馳走振舞うから」

「ああ。楽しみにしてる」

 俺も手を振って部屋を出る。そして家の扉を開ける。

 全く。

 彼女との水入らずの時間を脅かす奴は、誰であれ許しはしない。


 特に、宇宙人。

 お前は、絶対に。


 腕が四本。目である筈の部分は口になっており舌なめずりをしている。足は無く体は謎の力で浮遊していた。

 『熱源感知熱視線搭載眼球』で感知した敵性宇宙人を、俺は目の前にする。

 早いとこ殺すとしよう。


「trbgitls;pwaljiogreklerhi」


 宇宙人は何かを話す。しかし、何を言われているのか全く分からない。

 これは『極小自動翻訳機構』の不具合というレベルではない。恐らくは、全く別次元の言語なのだ。そう、言うなれば方言の様な。

 ツガルの言葉は聞き取れない――というニホンの話を聞いたことがある。

「何を話してるかは分からねえけど」

 俺は両腕を横に伸ばす。

 ――筋肉、増強!

「兎に角俺達に手を出すのなら、ぶっ叩く!!」

 人間としての細い腕を構成する筋細胞が、異常な速度で分裂し増殖する。皮膚が破れ赤黒いグロテスクな筋肉が盛り上がる。瞬間で増量する重量に耐え得る様、骨細胞も増殖して凝縮、骨密度を高めて太くなる。

 1秒。僅か1秒である。

 その間に、俺の筋肉は5倍に膨れ上がる。傍から見たらあまりに歪なその体の形は、最早人間とは言えないだろう――と俺は自覚する。

「tyeri495&$%jls!?」

 何かを喚く敵性宇宙人。分かんねえよ、何言ってんのかさっぱり分からねえ。

 地球の言葉喋れよ。

 喋れねえなら――死ね。

 足の筋肉も増強する。地面の氷を『凍結面歩行用菱』も利用してしっかり蹴り砕き、前進! 人間離れの5倍の筋肉で、宇宙人の顔目掛けて殴打!

「cbvwo!」

 宇宙人はバリアを張る。小癪な!

 そんなモン、彼女謹製の筋肉の前には無力だということ、証明してくれる!

「があああああああっ!!」

 殴る。殴る。

 殴って殴って殴って殴って殴りつける。

 人体改造筋肉による連続殴打ラッシュ。秒間6発の殴打を10秒続ければ、バリアにはヒビが入る。

 このまま数秒続ければ、軽々とバリアを破れる。それからは頭を叩き潰して終い――!?


 俺は殴打を止めて腕の太い筋肉で体の前面をガードする。瞬間、

 敵性宇宙人が、バリアを自ら突き破ってレーザー砲を放ってきやがったのだ――殴打中、辛うじてエネルギー充填をしている事に気付いて良かった。

「っ!!」

 レーザー光線は凄まじい熱量を持っていた。筋細胞が容赦なく焼き切れていく。既に5分の1程の筋肉が削られていた。

 痛い。しっかり痛みは感じる。

 このまま痛みに敗北するか、何も対策をしなければレーザー砲に体を貫かれて死ぬ。如何に人体改造をしていても俺は人間――心臓を貫かれれば死ぬ。

 だが。だが!

「負けるかよぉっ!」

 彼女の為にも、彼女の人体改造技術の為にも、ここで死ねない!

 お前は、俺の筋肉を舐め過ぎだ!

 雄叫びを上げる。獣の如き雄叫び。その絶叫に応える様に、筋細胞が

 損傷範囲、5分の1から7分の1、9分の1、21分の1、645分の1――遂に、筋肉の増殖がレーザーの焼却に打ち勝つ!

「#&TR#Klktjil!!!」

 冗談じゃない、とでも言っているのだろうか。

 冗談みたいな技術を使って冗談みたいな侵略をする、冗談みたいな宇宙人がよく言うよ。


 お前は現実を目の当たりにすべきだ。

 全球凍結させ、生物を全滅させ、自分の住処を定めようとしている宇宙人お前は。

 人体改造をされたミューティレイティッド人間ヒューマンに、今から敗北する!


 レーザーが止む。再び地面を踏み込み前進。

 腕の筋肉と骨を更に増強させる。今度はちょこまかと殴ったりはしない――一撃必殺、決めさせてもらおう!

「blnelal!!」

 宇宙人はバリアを張る。危機を察知したのか、三重にバリアを重ねているようだ。

 その程度の小細工。

 筋肉を前には、無力同然!

「おらああああああああっ!!」

 渾身の力で、10倍増強筋肉を振るう。加速した肉と骨の塊がバリアに到達し、1枚目を割り、2枚目を割り、3枚目に罅を入れる。

 もう一息!

 お前を殺すまで、あと一息!

「ぶっ、壊れろやああああああああっ!!」

 人類の命と希望と未来を奪った宇宙人め。

 これ以上、人間の大切なものを奪われて堪るかっ!!

 バリアが割れた。

 宇宙人は成す術もなく俺の渾身の一撃を喰らった。

 人間で言う所の鼻辺りに到達する。顔面が凹み、それによってできた歪みが口に、歯に、目に、顔全体に広がり、滑らかな皮膚の下の筋肉と骨を弾けさせる。

 とうとうその衝撃に耐えられず、宇宙人の顔は爆発四散した。

 緑色の液体の雨が、1秒だけ降り注ぐ。その液体はすぐさま零下50度の空気によって空中で凍らされ、俺の皮膚と氷の地面をぱちぱち叩いた。

 勝った。やってやったぞ!

 俺は勝利を象徴するように、宇宙人の首なし死体に、力瘤を作るポーズで筋肉を見せつけた。

 しかし、レーザーを使う奴がいるなんてな。今後も気を付けていかねばなるま――。


 い。

 あ、れ。

 ……。

 ……いやあ。流石に無理しすぎたか。

 エネルギーを使い果たしてしまった。もう立つ事すら出来ず、仰向けに倒れる。俺の視界には死の色をした曇天しか映っていなかった。腕の余剰筋肉もボロボロと崩れてなくなってゆく。寒さが骨身に沁み始める。

 扉が開く音が聞こえる。彼女が駆けて来てくれてるんだろうか……。

 本当。

 助けて貰ってばかりで申し訳ない――。


🛸


 目が覚めれば、俺は腕に針を刺されて黒色の栄養剤を流し込まれていた。確かに起き上がって食事をするような元気どころか、咀嚼するパワーすら残っていなかった。

 適切な処置をしてくれた彼女には、感謝しなければならない。

「っ! %$'8覚めたのね!!」

 彼女はぱあっと明るくなって、それから怒りの表情を浮かべて、しかしすぐに喜びの表情に戻って俺に抱き着いた。

 ……心配、させてしまったか。

「ごめんな、心配させて」

「本当5$&'、何であんな無茶を……っ!」

「ああ、するしかなかったんだ」

「避けれTHGEPWklゃない!」

 ――ごもっともだった。

 筋肉に頼り過ぎて、とうとう俺は脳筋になってしまったのだろうか。

 次からは本当に気を付けよう。

「ごめん、もうあんな戦い方はしないようにするよ」

「……約束ealqoね」

 彼女は指を突き出す。俺は腕を上げて――そうできるくらいには体力が戻って来た――人差し指で彼女の指に触れた。

 これが宇宙式の約束の形らしい。指切り拳万みたいなものなのだろう。

「さて、そろそろちゃth38902qoji飯にしないと!」

 彼女は微笑んで、またキッチンに向かおうとする。

 そんな献身的な彼女に、俺は思わず尋ねた。


「どうしてそこまで、面倒見てくれるんだ?」


 正直メリットなんて無い気がする。

 燃費の悪い人間を改造して、同胞の宇宙人を裏切って殺させようなんて、正気の沙汰とは思えなかった。

 そんな彼女は、キッチンに行く足を止めて振り向き、近づく。

 そして。


 俺の手をとって、頬を擦り付けた。

 何を、と唖然としていると、顔を赤くした彼女が言った。

「……これで、分かって」

 そう言って逃げる様にキッチンへと走って行った。

 『極小自動翻訳機構』がきちんと全文作用した彼女の言葉を聞いて、俺の人間としての心臓は早鐘を打っていた。

 手を取って頬を擦り付ける――それは恐らく、親愛を表す表現。

 彼女は、そうか、俺の事を。

 納得した俺は、野暮なことを聞いてしまったかな、と少しだけ後悔した。


🛸


 しかし、それでも地球の氷は解ける筈も無く。

 全てが凍った地上で、俺と彼女は今日も飯を食べ、人体改造をし、語らい、敵性宇宙人を叩き潰して生きていく。

 いつの日か、以前の姿の地球を取り戻す――その日まで。



 今度はSFですか。

 筋肉は全てを解決する――なんて在り来たりな表現がございますが、よくもまあ、SFと掛け合わせて面白おかしくしたものですよね。

 実際、面白かったでしょう?

 本を読んでいる時の貴方、頬を緩めていらっしゃいましたよ? ……気付いていなかったんですか?

 まあ、あのホラーを2作連続読んだ後のこの作品は、大層心が軽くなる事でしょう。


 もしや、本の方が色々と気を利かせてくれたのかもしれませんね。

 落ち込んでいる貴方の気分を紛らわせようと。


 ……え? 、ですか?

 ふふ、そう思うのも思わないのも、貴方の自由ですよ。


 さて、閉館時間が近づいて来ました。

 もうそんな時間か、ですか? ええ、そうですよ。楽しい本を読むと時が過ぎるのは早いものでしょう?


 時間的にあと1冊、と言ったところでしょうか。

 ぜひ、最後の時間までごゆっくりとご堪能下さい。




KAC20236に続く。

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ミューティレイション・バイオレイション。 透々実生 @skt_crt

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