恋人はシックスパック

くにすらのに

恋人はシックスパック

 私の恋人はシックスパックだ。

 六つに割れた腹筋は鍛え抜かれた肉体の中でも自慢の一つだ。

 食事にも気を遣い、お腹周りに余計な脂肪を付けないようにした。

 

 シックスパックなのに二の腕がプルプルだと恰好が付かない。体を支える下半身や背筋も鍛えないと全体のバランスが崩れて逆にみっともない姿になってしまう。


「いち、に、さん、し……」


 一つ一つの動作に神経を巡らせて筋肉の動きを意識する。よく脳みそが筋肉だなんて言われるが、私は逆だと思う。筋肉こそが脳みそだ。体の仕組みを考えながらトレーニングすることで脳たる筋肉は発達する。


「ふんっ! ふーーー! ふんっ! ふーーーー!」


 力を入れるべきところを脱力すべきところのメリハリも大切だ。緩急を付けることで筋肉は自分が動かされていると自覚する。


「ふぅ……ふぅ……」


 何事も反復は重要だ。回数が重ねることで筋肉への負荷は加速度的に重くなり、トレーニングの成果も上がっていく。

 筋肉の悲鳴が心地良い。苦悶の声は私の奥底に眠るサディスティックな一面を駆り立てる。


 辛いトレーニングに耐えるのはマゾヒストではないかという意見もある。たしかにそういう一面もあるだろう。人間は白か黒か、SかMかで簡単に分けることはできない。


 痛めつけられる快感を知っているからこそ、逆の立場になった時に相手を喜ばせることができるのだ。


「もう……無理……う、うご……かない」


 上体を起こすこと千回。腹筋が音を上げた。疲れた果てた恋人を優しく撫でる瞬間が人生で至福の時間だ。

 綺麗に割れた腹筋に刻まれているのは恋人と共に歩んだ思い出。まさに一心同体。


「助けてくれ! ここから出してくれ!」


 彼はまだトレーニングが足りないらしい。私の腹筋に住むようになってからストイックさが加速している。


 要望通り、次はジョギングに繰り出そう。愛の結晶であるシックスパックを存分にアピールする良い機会だ。

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