第11話 頼りになる侍女オルガです

「さてさて、マリア嬢とやらを探さなければ……」


とてとてと歩きながら、私はググッと背伸びをする。本来の美貌は目立つので今の私は少し歳をとったご婦人……つまりおばさんの姿に変わって、城内の探索をしている。衣装を城の侍女服に着替えれば、行き交う人、誰もが知っている頼りになる侍女オルガおばさんとなる。


今の所、私が使って魔法はこんな地味なものばかりだが仕方ない。今回の契約者の願いが比較的穏やかなものだから。(狐くんにかけた魔法はノーカウント)


あの後、お坊ちゃんの号令で騎士団員達は真面目に鍛錬を始めた。


お坊ちゃんも皆に混じって剣を交えたが、イヤイヤ驚いた。

お坊ちゃんは運動神経が良い。身長の低さと俊敏さを利用して騎士団員達を容赦無用に撃ち負かせていた。最後には騎士団員の見る目も変わった。


そこで私は隙をついて騎士団の演習場から姿を消した。正確に言うと、オーヴェという身代わり人形を置いてオルガおばさんとなって、城内の散策に出たのだ。身代わり人形は話せるし動ける。

人形というだけあって、その動きはプログラムされたものしかできないが、人間相手だと問題ないだろう。もし団員達がお坊ちゃんに何か意地悪をしたら、身代わりオーヴェが動き出すプログラムもしたから大丈夫!これはサービスね。


城内の散策に出るには理由がある。お人形さんが火傷を負わせた(とされる)相手……マリア嬢がこの城に王太子の婚約者として、行儀見習いに来ていると聞いたからだ。


マリア嬢はお人形さんが婚約破棄された直後に、王太子の婚約となった。あまりにも早すぎるので、実は妊娠しているのでは?とか、実は王妃ぐるみでヒルデガルド嬢に冤罪を着せたのでは?などなど噂が飛び交っているが、本当のところは分からない。


百聞は一見にしかず……直接見て、聞くことが大切だ。


お坊ちゃんの話だと、今日は一日勤務だそうだ。私は原則お坊ちゃんがいる間しか城にいることができない。近衛騎士団で予想以上に時間を費やしてしまったので、早くマリア嬢を見つけなければいけない。


馬鹿みたいに広い城の上階を目指して歩く。馬鹿となんとかではないけれど、どうせ偉い人は上にいるんだろう。するといた。物々しい警備の先の廊下に、お坊ちゃんが言っていた人物が!


波打つ豪華な金髪、男性の視線を奪う艶めかしい身体。庇護欲をそそる小さい身長。ぱっちりとした大きな瞳には、エメラルドの様に煌めく緑の瞳。少し高い声は小鳥のさえずりの様だ。そんなかわいい女の子―マリア嬢―は私を見つけてニコニコ笑いながら手をぶんぶんと振った。


「オルガ〜、これからターヴェッティ王太子様のところに行くの!一緒に行きましょう〜」


私の記憶操作は完璧だ。今の私はお城の頼れる侍女オルガおばさんなのだ!


「マリア様……私なんぞが一緒でよろしいのですか?」


「もちろんよ!むしろオルガが一緒じゃないと王妃様に怒られちゃうわ。まだお作法が苦手なんだもん」


ぷうっと頬を膨らませる姿は年齢を感じさせないほどかわいい。厳つい顔の警備の騎士達の目尻が地面についてしまいそうだ。


「ではご一緒しますね。私が後ろでそっとお教えしましょう」


「わーい、やったぁ〜」とはしゃぐ姿は本当に子供の様だ。


お坊ちゃんの話だとマリア嬢はアッカネン伯爵の娘が駆け落ちした相手との子供ということだ。駆け落ちした娘は若くして儚くなり、まだ赤ちゃんだったマリア嬢を育てられないと悟った男は子供を置いて逃げ出した。マリア嬢は幸い近所の人に見つかり養護院へと預けられた。


そしてマリア嬢が10歳の時、娘の行方を探していたアッカネン伯爵の養子となった。


娘の忘形見だからアッカネン伯爵はマリア嬢を大事にしているとお坊ちゃんが言っていたけれど、それはどうだろう。


私が調べたところアッカネン伯爵家は財政的に厳しいようだ。見た目の可愛らしいマリア嬢は困窮する伯爵家には極上のお宝に見えたのではないだろうか。これだけの美貌であれば、金のある貴族に嫁がせることができる。嫁がせることができたら支度金をもらえる。それこそ年齢が見合わなくとも、最悪貴族ではなくとも良いのだ。お金持ちならば。


なぜならそこに愛情はないのだから。


だが、結果としてアッカネン伯爵家はマリア嬢という餌で極上の獲物を釣り上げた。しかも王太子だ。笑いが止まらないとはこのことだろう。


そんな私の推測を裏付けるようにマリア嬢の淑女教育の水準は低い。タカタカと鳴る靴の音は、カスタネットのようだと言えば響きは良いが、貴族の子女としては落第点だ。お人形さんはまるで地面を歩いてなどいないように、すすっと足音を立てず歩いていた。その頭の位置は常に一定で、前を見据えて歩く姿は可憐な百合のように美しかった。


だがマリア嬢の頭の位置は右に左に上に下にと絶え間なく動いている。周囲をキョロキョロと観察しながら歩く姿は良く言えば、風になびくたんぽぽのようだが、悪く言えば獲物を探すカマキリだ。


ドレスの裾を摘む手付きも辿々しい。というか、その姿は裾が邪魔だから持ち上げているだけではないだろうか。これはどう考えてもお人形さんが圧勝だ。お作法が苦手とかそういう問題じゃないだろう。


そんな風に観察しながら後ろを歩いると、がっちりした体格の、だがむさ苦しくない男性ふたりが守る扉の前に来た。


マリア嬢が私をチラリと見る。つまりどうやって部屋に入れば良いのか分からないようだ。


仕方ない、私は男性(おそらく親衛隊)に近づき、朗々とした声を張り上げた。


「ターヴェッティ・イクイルール王太子の婚約者、マリア・アッカネン伯爵令嬢が拝謁致します」



親衛隊が重々しく扉を開けた。

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