第10話 頑張れ!お坊ちゃん‼︎
お坊ちゃんの家から馬を少しだけ走らせると、空に浮かぶ雲のような白色の高い壁が、他者を拒絶するようにぐるりと囲っている城が見えた。
空を突き刺さんとするように鋭く伸びた3本の尖塔にはイクイルールの国旗が靡いている。イクイルールの国旗は鷲をモチーフとした猛々しい国旗だ。この大陸は上空から見ると鷲が翼を広げたような形に似ていることから、イクイルールの建国王は大陸全土を支配しようとしたのだろうと考えられている。
実際はそんなことは不可能で、この大陸には大小様々な国家があり、大陸のちょうど真ん中にあるイクイルールは様々な国家に挟まれている。だがこの大陸では一番大きな国家だ。挟まれていてもその国力ゆえに逆らう国家もないのが現状だ。
憲兵に咎められることもなく、大きく高い城門をくぐり、整えられた庭園を進む。
しばらく進むとその先にはまたぐるりと囲まれた先程より少し低い壁と門がある。そうやって幾つかの門を越えた後に、やっと王城へと辿りついた。近衛騎士団は城の脇に兵舎を構えているとのことだ。
馬から降りることなく近衛騎士団に行けるのは坊ちゃんの実家レーヴェンヒェルム公爵の後ろ盾があるからだろう。
騎乗のお坊ちゃんと共に近衛騎士団の詰所に向かう。
近衛騎士団と言うのは、王族を守るためにある部隊で各貴族の子息で構成されている。家柄とともに容姿が優れている事が条件だ。そういう意味では家柄、容姿共に優れているお坊ちゃんは相応しい。年齢以外は……。
馬小屋に馬を繋ぎ、ふたりで演習場へ向かうと整列している騎士達が見えた。皆一様に焦茶の軍服に身を包んでいる。この色はイクイルールの国色だ。今日のお坊ちゃんの衣装も同じ色。同じデザイン。
だが、お坊ちゃんの衣装には騎士団長の証である勲章が胸に光る。更に赤茶色のマントも靡かせている。他の騎士達はマントがない。つまりそれだけ差がある。そして、残念なことに年齢にも差がある。一番若い子でも成人済みだ。
更に、50人ほどの隊員達が整然と整列している中、彼らの前に立つ男性はあからさまにお坊ちゃんより年上だ。まるで自分が騎士団隊長であるかのように檄を飛ばしている。それだけではない。なんとマントまでつけている。赤茶色のマント、つまり騎士団長である証のひとつ。
「これはこれは本日は御登城の日でしたか、アウグスティン・オーケシュトレーム子爵様?」
絶対に知っていて言っているな、と思えるように、振り返るだけで全くこちらに体を向けないこいつは、お坊ちゃん曰く、伯爵家の令息で父親は軍人として国の要職についているそうだ。
名前は忘れた。
だって長いし……。ただ、顔が狐みたいだし、髪色も狐みたいな薄い茶色だから狐くんと呼ぼう。
とあだ名をつけていても、私はお坊ちゃんの後ろでイライラして仕方ない。どうしてくれよう、指パッチンで上空に飛ばしてやろうか。いや、それだと目立ってしまう。ここは平和にお腹を壊して、トイレとお友達にしてやろうかしら?いやいや待て待て私。お坊ちゃんを信じるんだ!さっき、叱咤激励しただろう!
「私が登城をする日も知らないとは、副団長失格では?」
良いぞ!お坊ちゃん、握った拳は少し恐怖で震えているけど、そんな事は全く見せない風に前を向いている。小さいけれど大きく見えるぞ!
「ああ、そうですね。失格かも知れませんね。では私をどうしますか?ご実家のレーヴェンヒェルム公爵家の力を使って私を潰しますか?あなたがレーヴェンヒェルム公爵家の力を使って私から騎士団長を奪ったように?」
騎士団員を取り纏めているのが元騎士団長の狐くんだ。そのせいで狐くんの後ろにいる騎士団員たちもニヤニヤしながらお坊ちゃんを見てる。四面楚歌、つまりお坊ちゃんの味方はいないわけか。
お坊ちゃんは無視されているとオブラートに包んだけれど、それだけじゃなかったんだ。こんな低俗な嫌がらせも受けていたわけだ。子供相手に大人気ない。
団員達を見ていると、お坊ちゃんが正真正銘レーヴェンヒェルム公爵家の後継者で、ここにいる誰よりも力を持つ家柄の人間だとかを考えていないのが良く分かる。それともここで居丈高に出ておけば、将来的にお坊ちゃんを操れるようになれるとまで考えているのだろうか。団員達は分からないけれど、狐くんあたりは考えているかも知れない。
「……あなた方がそれを望むなら除隊処分としましょう。私にはその権限も力もあるのだから」
騎士達がザワザワし始める。顔と顔を見合わせる騎士達もいる。狐くんは睨んでいるけど内心焦っているみたいね。
頑張ってるね、お坊ちゃん!
かっこいいじゃないか、お坊ちゃん!
話し方も
お人形さんの教育のお陰だね!
「頼りにするのは親の力とは……いや、それとも婚約者の家の力ですか?さすが公爵家の方々は違う」
「副団長は何を言っているのですか?騎士団長は規律に従わない騎士達を処罰する権限があります。これは家の力も婚約者も関係ありませんよ」
「規律に従わない?私たちがいつ従わなかったと?」
「従っていないでしょう?騎士団長である私の姿を見ても敬礼をしない、それこそが証拠です!」
声変わり前の少し高い声でお坊ちゃんはキリッと前を向いて腹の底から声を張り上げる。
確かに彼らは誰ひとり敬礼していない。まるで打ち合わせしたかのように。まぁ、十中八九示し合わせているんでしょうけど。
それにしてもさすが近衛騎士団の規則を覚えていと言っただけある。うまいところをついたわね。
「わ……忘れていたんですよ。それくらい誰だってあるでしょう?この程度で怒っていては騎士団長なんて務められませんよ」
ふうっと狐くんはニヤニヤと笑いながら息を吐くけれど、後ろの騎士達はそれぞれの感情が入り乱れている。
副団長の意見に追随する者も多けれど、国内で1、2を争う貴族であるレーヴェンヒェルム公爵家を敵に回すのはごめんだと真っ青になる者もいる。規則違反を責められて、後悔している輩もいる。
お坊ちゃんはお人形さん相手には絶対に見せないような表情をする。キリッとした表情は幼いながらも頼り甲斐がある姿だ。
「忘れる?近衛騎士団員ともあろう者が?だとしたら職務怠慢以前の問題です。まずは初期教育から始めなければいけませんね」
「――――っく!」
狐くんは話すことができなくなった。
負ける戦をするとは中々愚かだ。お坊ちゃんは狐くんを見ることなく通り過ぎ、騎士団員たちの前に立つ。その姿は小さいけれど、堂々とし威厳がある。
「君たちはどうする?」
お坊ちゃんの鶴の一声で騎士団員は揃ってビシッと敬礼をした。
良いね。やっぱり私が見込んだだけはある。何回か叱咤激励しなければいけないかと思っていたけれど、子供の成長速度を舐めていたわ。
とは言えどムカつくから、狐くんにはお腹が痛くてトイレとお友達になる魔法と、髪が早くから薄くなる魔法をかけてあげたわ。
慌ててここから逃げ出す(トイレね)狐くんには、ザマアミロってお言葉をあげるわ。
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