第9話 お坊ちゃんの悩み

今日はお坊ちゃんの登城の日だ。マリア嬢の調査のためにもできれば王城に一緒に行きたい私は、侍女ではなく侍従となって同行することとした。


魔女である私の力を持ってすれば男になることなど容易なこと。惜しむらくはこの素晴らしいスタイルが男性になることで、なくなってしまうことだけど、元からある美貌は変わらない。栗毛の馬に乗って、道ゆく女性に軽く手を振れば、熟れた林檎のように表情を変えさせる。


「さすがですね。オルガ嬢は男性にもなれるんですね」


私の隣で馬を走らせながら、お坊ちゃんはニコニコ笑う。小さいけれど運動神経の良いお坊ちゃんはぴょいっと、馬に飛び乗っていた。てっきり台か何か使って乗るんだと思っていたから、あれには驚いた。


「アウグスティン様、私の名前はオーヴェですが?」


「そうでしたね、オーヴェは私の側近で近衛騎士団の内のひとり……でしたね。剣技での実演があったりしますが大丈夫ですか?」


「問題ありませんよ。城にさえ入れれば、オーヴェは消えて城付きの侍女オルガになりますから」


ふふふと笑うとお坊ちゃんは感心したように目を見開いた。


良く魔女というと猫に化けたり鳥に化けたりできるというが、それは無理だ。なぜなら魔女であっても人である以上、人以外には変化できない。代わりに年齢や性別などは簡単に変えることができる。永年生きることのできる魔女であっても、理を変えることはできない。


そして他人の住まいに無断侵入しない。これは魔女同士で決めたルールだ。


超絶的な力を持つ私達はやろうと思えば、建物を破壊することなど容易い。そう言った意味では人を殺すことなど簡単にできてしまう。だからこそ、魔女には掟がある。『魔女の施し』で願いを叶える場合であっても、人のルールに従うこと。つまり殺人NG、破壊NG、泥棒NG、不法侵入NG(それぞれに例外は存在する)だ。


だが、こうやって契約者と一緒に身分を偽って(これはギリギリOKとされている)入る分には問題ない。ただし滞在時間は契約者がいる間のみ。正直面倒くさいし、制約があるため任務の遂行が厳しくなるが仕方ない。人から見ると魔女とは隔絶した力を持つ存在だからだ。


「お坊ちゃんもすごいですよ。近衛騎士団長だなんて。まだ12歳ですのに」


「……すごくなんかないです。オル……オーヴェの言う通り僕は12歳で、まだ成人前です。本来なら、城内へ入ることもできません」


そうだった。この国は男女問わず15歳で成人だった。貴族は15歳でデビュタント、いわゆる成人式を城で行い、その後、城内で働くことができる。それまでは自宅で家庭教師から学ぶことが主流で、成人前の子供たちはそれぞれの家庭でのパーティー以外での交流はない。パーティーといっても昼間のみで、子供は夜に外出することは原則禁止だ。


この国は比較的平和ではあるけれど、何が起こるか分からない。現にお人形さんだって拐われた。


あれから調べてみたらお人形さんは8歳の時に拐われたようだ。公爵令嬢であるお人形さんは本来なら家から出ることはない。だが、王太子妃教育のために、城へ毎日通っていた。その隙をついて自国の人間……要はお人形さんの地位を狙っていたライバル貴族の手筈で拐われた。もちろんその貴族はお取り潰しになり、もうこの国では姿を見せることはないと言う事だ。


「あの……オーヴェは城内に入るとすぐに城付きの侍女に変わるんですか?」


「どうでしょうか……状況によりますが、さすがにすぐ消えると目立つのでタイミングをみます」


「……そう……ですか」


「私が一緒に行くと不都合ですか?」


いつもニコニコ笑顔のお坊ちゃんが、しゅしゅしゅーんと小さくなっている……気がする。どうしたのかしら?


「あの……僕、いや、私は成人前なので本来なら騎士団にも入れませんし、騎士団長になんてなれるわけがありません」


確かに異例だとは思っていた。だがお坊ちゃんは国内でも1、2を争う貴族レーヴェンヒェルム公爵の一人息子だ。そんなこともあるのだろうと思っていた。


「そんな僕が騎士団長になったのは、王太子の婚約者だったヒルデガルド嬢に相応しい身分を得るためです。現在、僕の祖父がレーヴェンヒェルム公爵、父が小公爵なので、公爵家に連なり後継者がいなかったオーケシュトレーム子爵を名乗っているのもその為です」


それは考えられることね……と私は心の中で呟く。


お坊ちゃんが成人済みであれば、クリングヴァル公爵とレーヴェンヒェルム公爵はこの国で1、2を争う名門貴族だから婚約しても問題はない。だけどお坊ちゃんが成人前だからこそ、権力により急拵えをしたわけだ。


問題はなぜそこまでしてお坊ちゃんとお人形さんを婚約させたのか……


「公爵家も例えば侯爵でも、なんなら王族に連なる一族とか、ヒルデガルド嬢に見合う相手はいなかったのですか?諸外国に嫁ぐのをやめさせたければそれでも良かったのでは?」


「年齢だけで言えば見合う人はいっぱいいます。婚約者のいない方も多いです。なぜここまでして僕が婚約者になったのか、僕……あ、私にも分からないです。父に聞いても教えてくれません」


「そうですか……それで?もしかして近衛騎士団で嫌がらせでもされていますか?」


ちらっとお坊ちゃんに視線を送ると、困った様に笑った。つまりそう言う事だ。


「なぜ侍従をお連れにならないのです?アウグスティン様には側付きの侍従がいるのに、今日に限ってお留守番させたのはなぜですか?そもそも侍従は王城へ連れて行かないというから、私は今回は近衛騎士団のひとりと設定をつけたのですよ?」


「……初日に侍従を連れて行ったら、お供がいないと何もできないのかと揶揄やゆされまして……。それに調べたら近衛騎士団の規律には近衛騎士団員以外の立ち入りも禁止されていましたし」


「ご両親に言ったのですか?」


「父に言えば……おそらく権力に物を言わせて上から押さえつけることでしょう。でもそれは違うと思ったんです……」


「そう……ご立派ですわ」


この年でそんなことまで考えられなんて!なんて偉いのかしら。契約にはないけれど、こんなかわいいお坊ちゃんを苛めるなんて許せない!お坊ちゃんを助けてあげちゃおうかなー。


「ありがとうございます。ずっと近衛騎士団の皆に無視されていまして、正直心が折れそうなんです。だからちょっとオーヴェが一緒にいてくれて、心強いなって思っちゃいました。でも、すぐいなくなるんですよね?」


「そうですね……少し見届けかてから行きますわ――あら、地がでてしまいましたね。これは失格でした」


フフッと笑うとお坊ちゃんも笑った。ヨシヨシ、少しは持ち直してきたようね。


「アウグスティン様のお気持ちは分かりました。あなたには現在は守るべき人がいる。その人の為にも頑張らなければいけませんね」


「守るべき人……ですか?」


「ええ、そうです。あなたには婚約者のヒルデガルド嬢がいます。ヒルデガルド嬢の評判は残念ながら宜しくない。それは仕方ない事ですよね?女性に熱湯をかけて、婚約破棄されたんですから。ではそんな彼女が社交の場で虐められていたら、アウグスティン様はどうしますか?黙って見過ごしますか?それともふたりで手を繋いで、その場をやり過ごしますか?それとも、彼女を皆と一緒になって責めますか?」


「一緒に責めるなどあり得ません!」


「そうですね。では見過ごすますか?あなたは子供ですもの。影に隠れて見ていても気が付かれませんわ」


「そんなのは卑怯者のやることです。レーヴェンヒェルム公爵家の名に誓ってあり得ません」


「では?ふたりで手を繋いで責められてる間、我慢しますか?責められている間、彼女の細い肩が震えていても、涙が流れても、支えあって受け止めますか?」


「それもあり得ません。ですが僕はまだ子供です。子供の僕に、オルガ嬢は随分意地悪を言いますね。大人相手に立ち向えと言いたいんでしょう?」


「ええ、そうです。すぐにご理解されるとはさすが私の契約主ですわ。魔女の私は相手を見て物を言います。私はアウグスティン様だったらできると思っているから言っているのです。あなたには誰もが羨む権力があります。でもそれだけではない。立ち向かう勇気だってあるはずです。ヒルデガルド嬢に何度注意されても、会話をしようと頑張っていたでしょう?乗馬がお上手なのも、練習したからでしょう?そうでなければ、あんな風に飛び乗ることなどできないはずです。私はアウグスティン様だから、こうしてお話ししているのですよ」


「……オルガ嬢、僕は近衛騎士団の規律を何度も読みました。全部言えます」


「そうですか、では大丈夫ですね」


「はい、頑張ります。だから、オーヴェも男言葉でお願いします」


「おや、これは失敗しました。気をつけます。アウグスティン様」


わざとらしく頭を下げるとお坊ちゃんは笑った。これでお坊ちゃんは大丈夫!

さすが私の契約主だわ!

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