第8話 ニコニコからの真っ赤なお坊ちゃん
懇親会という名の、お茶会という名の、マナーレッスンが無事に終わり、私はお坊ちゃんの馬車に同乗し、家路を急ぐ。
お坊ちゃんはニコニコだ。余程、次の予定を取り付けたことが嬉しくて仕方ないらしい。
「アウグスティン様?伺いたいことがあるのですが?」
「はい!なんでしょうか?」
お坊ちゃんの良いところは平等なことだ。この子は良くも悪くも全ての人に礼を尽くす。それは貴族らしくはないが、好感が持てる。
「ヒルデガルド嬢はどういった経緯でアウグスティン様の婚約者になったのですか?」
「そうですね、その説明がまだでしたね。ヒルデガルド嬢が王妃の主催するパーティーでマリア嬢に火傷を負わせたとする日の翌日、王命によりターヴェッティ王太子とヒルデガルド嬢の婚約が破棄されました」
「あら?随分と早いのね?真相究明はできていたのかしら?」
「目撃者と証言者が多くいましたし……それに王妃もその現場をご覧になっていたようですので……」
となると、冤罪の可能性が益々薄まったわね。まぁ、それについては心配していない。魔女の私からすれば簡単に判明する事件でしかない。
「そう、それで婚約破棄してすぐにアウグスティン様と婚約されたの?」
「それはあり得ませんよ。婚約破棄された令嬢がすぐに婚約など……ですが、そうですね。それほど時間はかかりませんでした。というのも、ヒルデガルド嬢は婚約破棄されてすぐに近隣諸国の王侯貴族から彼女への求婚の文が殺到したようで……」
「ああ、お美しい方ですものね。魔女の私でもうっとり見惚れてしまう美貌だもの」
「やはり、オルガ嬢もそう思いますよね!」
お坊ちゃん……満面の笑顔は可愛いけれど、ここは『オルガ嬢の方がお美しいですよ』と言う所でしょう!これはまだまだお人形さんの教育が必要ね。
「それで?アウグスティン様との婚約の経緯とどう繋がるのかしら?」
「はい、それでヒルデガルド嬢ほどの才媛を他国に渡すわけにはいかないと言って、私の父がヒルデガルド嬢のご両親に声をかけることで婚約が成立しました」
「貴族間の結婚なんて親が決めることが多いからそれは仕方ないわね。でもアウグスティン様は嬉しかったんでしょう?ヒルデガルド嬢のこと大好きですものね?」
「――っう!それは――憧れの方でしたし……嬉しかったですけど……所詮、僕には高嶺の花です。ヒルデガルド嬢には僕よりもずっと良い人がいるはずです……」
お坊ちゃんは下を向いて黙ってしまった。うーん、歳の差6つなんて200歳の私からすればさしたる問題ではないけれど、人間から見たら大問題だ。ましてやお坊ちゃんはまだ12歳。つまり子供だ。
「それにしてもヒルデガルド嬢は、なぜあんなに表情がないのかしら?昔からなの?確かに感情を面に出しすぎるの、淑女としていかがなものかと思うけれど、あそこまで表情に出ない方も珍しいわ」
「皆様そう仰いますね。それは僕も父から聞いたのですが、ヒルデガルド嬢は王太子妃に選ばれて間もなく拐われた事があったそうです。幸いなことに拐われてすぐに救い出せたのですが、犯人への恐怖と騎士団と犯人の戦い、更にその場で倒れた人々を見てしまったせいで恐怖から感情がうまく出せなくなったらしくて……」
「王太子妃に選ばれたせいで、拐われて感情を無くしたっていうのに、更に婚約破棄するなんて王家は随分と酷いわね」
「そうなんです。もちろん熱湯をかけて火傷を負わせたのは問題ですが、ヒルデガルド嬢はそれまでも貧民街への炊き出しを支援したり、外国とのやりとりを文書で行ったりと内外問わず活躍してきました。なのに翌日に即婚約破棄なんて……僕には到底信じられません」
「感情がないから……ということではないのね?」
「口さがない人間がそう言っているのを聞きましたが、それは考えられません。ヒルデガルド嬢は現在18歳、半年後には19歳と言う事で、国を挙げての結婚式を予定していたのですよ。それが一瞬で消え去ったんです」
「あら?では本当に熱湯事件がなければ王太子妃だったわけね。火傷を負ったマリア嬢とやらは今はどうなっているの?」
「今は王太子様の婚約者に……。そしてヒルデガルド嬢に代わって半年後に結婚式を行う予定です」
「あら、そうなの?随分と早いのね」
「はい、そのため、妊娠してるんじゃないか、とか色々噂が飛び交っているのが現状です」
「う〜ん、そうなるとヒルデガルド嬢が王太子妃に戻るのは厳しいんじゃないの?」
「あくまで噂です。それに王太子は確かに……ちょっと考えが、えっと足りないじゃなくて、良い方に考えすぎで、色々不安しされていますが、そこまで短慮な真似はしなければ良いなと思います」
お坊ちゃん……オブラートに包もうとしていて全く包めていないけど、まぁ良いや。
とにかく王太子は考えが足りない人……つまりおばかちゃんかもしれないてっことね。
そんな人の妻になるくらいなら、お人形さんだって他の人と結婚した方が良いんじゃないかしら。
「ヒルデガルド嬢は、そんな王太子を支えるために、幼い頃から頑張ってこられました。それを一回のミスで……正直あり得ません」
「うーん、確かにそうかも知れないわね……」
確かにおかしいかも知れないが、そこもお坊ちゃんの考えが入っている以上分からない。先入観は人の思考を鈍らせる毒。流されてはいけない。
「ヒルデガルド嬢はとても美しい人だけど、マリア嬢は?やはりお美しいの?」
「お美しいと言うより、かわいらしい感じで……ですが王太子が気に入ったのはそこではなく……えっと」
言い淀むお坊ちゃんをじっと見る。見る間に真っ赤になる顔を手で隠し、そのまま下を向いていく。
おお、すっぽり膝に収まっちゃった。かわいい。
「お……」
「お?」
なんだろう?お坊ちゃんのかわいさは増していく一方だけど。
「お胸が……大きく……て……」
なんだ……そんな事か……。私はため息混じりに窓から景色を眺める。
まだ真っ赤なお坊ちゃんと同じくらい赤い空が窓から見えた。
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