第12話 百聞は一見にしかず

「ようこそ、マリア嬢」


ふわりと笑って出迎えたのは王妃様だ。艶やかな黒髪と藤の花のような神秘的な瞳が印象的だ。


「王妃様、王太子様、ご機嫌麗しく……」

マリア嬢はドレスの裾をつまみ……頑張ってお辞儀してるなぁ〜って感じだ。


「マリアのお辞儀はまだまだだね」

クックっと笑うのが王太子だ。


王妃に似た王太子は、お坊ちゃんが酷評していた『考えが足りない人』とは思えないほど、見目麗しい姿をしている。肩まで伸びた艶やかな黒髪がさらりと動き、背の小さいマリア嬢をエスコートすべく手を差し伸べる。


身長差でバランスが悪い。こうして見るとお人形さんとなら丁度良かったかもしれない。


「オルガもいるのね。お茶を淹れてくれる?」

王妃様のお言葉に私は一礼し、ティポットがあるテーブル台へと向かう。


しかしながら王妃様の部屋もでかい。


大きな窓からは明るい光が差し込み、大理石でできたテーブルセットには座り心地の良さそうな椅子が4つある。


更にフカフカだろうと思われる寝転べることができそうなほど大きなソファセットもある。あちらこちらに置かれた観葉植物と、高そうな花瓶に生けられた花々。さすが大陸で一番大きい国の王妃様のお部屋だ。壁に飾ってある絵1枚とっても高級そうだ。


3人はテーブルに円になって掛けたので、私は王妃様より順番に紅茶を届ける。


さすが王妃と王太子は美しい所作だ。そしてマリア嬢……カップを両手で持ってはいけません!


「あ……ごめんなさい。えっと」


マリア嬢が辿々しい手付きで紅茶の取っ手をつまむ。視線は王妃様の手だ。真似する気満々だ。


「マリア嬢、ティカップの持ち手はそうそう、そうやって摘むのよ。あらあら、顎を上げてはダメよ。カップを傾けて」


「ずずーーーーー」

 

「マリア、音を鳴らすのはマナー違反だ」


王妃と王太子が苦笑する中、マリア嬢は「ごめんなさい」と言い、ティカップと皿をかちりと鳴らした。


「あ……申し訳……ございません」


「うん、今日から頑張ろうね」


王太子は柔和に笑う。その瞳に深い愛は見えない。


おかしいな?お坊ちゃんや周囲の貴族の話だと、骨抜きにされているような感じだったのに。


「マリア嬢、あなたには申し訳なく思っているのよ?即婚約から半年後に結婚式だなんて……下賤な噂が広まっているのも知っているわ。同じ女性ですもの。その辛さは分かるつもりよ。なのに半年間でマナーを完璧にして欲しいなんて……酷い要求よね?ごめんなさい」


「あ、それは……良いんです。私だって承知の上で引き受けたんですから。それに明日からヒルデガルド様が登城して下さりマナーを教えて下さると、お手紙を頂きました。あの方がそこまでして下さるのですもの。私も頑張ります」


「ええ、明日からはヒルデが来てくれるわ。このことで益々評判が悪くなるわ、良いの?ターヴェッティ」


「今更ですよ、母上。どうせ私の評判は地に落ちています。ヒルデが拐われた時からね。だから構わないです。私はこの国の妃となるに相応ふさわしい女性を妻とするのみです」


なんだろう……お坊ちゃんの話と落差が激しい。王太子とマリア嬢の間にはなまめかしい感情はない。お互いが責務と果たそうとしているようだ。私のイメージではマリア嬢に骨抜きにされているバカ王子だったのに。


だが、百聞は一見にしかずとは良く言ったもので、噂に惑わされたり、第三者の意見を鵜呑みにしていると本質は見抜けないものだ。


さてさて、さらに聞き耳を立てなければ。

良く分からなくても聞いていれば話は組み立てられる物だ。


「ヒルデには申し訳ないことをしたわ。あんな状態になるまで頑張ってもらって。わたくしの責任ね、あの子なら克服できると思っていたのよ」


「母上、それは私も一緒ですよ。まさかあんなになるまで無理をさせていたなんて。いつも隣にいながら気が付きませんでした」


「ヒルデガルド様はいつも無表情でしたし、気がつかなかったのは仕方がないと思います。でも、楽しいことも、辛いことも、悲しいことも顔に出せないのは辛いですよね……。それに、無表情だから初めは嫌われていると思って避けていた時期がありました。私の友達も、周りもみんなそう思ってました。今は偏見を持っていたことを反省してます。できればみんなにも言いたいけど、ヒルデガルド様が言うなって言うから……辛いけど我慢します」


「あの子は真面目で思いやりのある子だから。いつも人の為を思って言っているのに、あの表情のせいで悪く思われるのよ。でもそれでも良いって言ってるわ。優しい子よ。それをアウグスティン卿が分かってくれると良いのだけど」


「まだまだ子供ですからね。一度会ったことがありますが、素直で良い子ですが、まだまだ幼いです。ヒルデの婚約者にする為に近衛騎士団の団長にしましたが、副団長を筆頭に姑息な虐めを受けていると報告が上がっています。このままではあの子までもが潰れてしまうのではと心配しています」


「まだ12歳なんですよね?成人前の子に大人気ないです」


「マリア嬢の気持ちは分かるわ。でも副団長は元隊長ですもの。近衛騎士団の団長という華々しい職位をこんな理由で奪われるのは、さすがに少し可哀想だと私も思ったわ」


「ですが母上、あの副団長が団長になってから近衛騎士団は規律が緩み、横暴になり、王都民からの苦情もありました。そう言った意味では早かれ遅かれでした。私と父王的には渡りに船でしたね」


「私もそれは知っています。炊き出しに並んでいた子供を蹴ったって聞きました。酷いですよね、同じ人間なのに」


「マリアのその思想を聞いた時に、私はおごっていたことに気付いたよ。そう、同じ人間なんだよ。ただ生まれが恵まれただけ。なのに自分は王太子だからなんでもできると、何をしても許されると思い込んでいた。そして炊き出しが人の矜持を傷つけるもので、貴族の優越感を満たすだけのものだとは思っていなかった」


「や――やめて下さい。大袈裟です。それに炊き出し自体は悪いことではないです。1杯のスープで今日の飢えは防げます。明日生きていく希望も得れます。だけどそれだけです。1年後、10年後の未来は見えません」


「そのために、国民全ての識字率と基礎の計算を学ぶための学校を作りたいと……マリア嬢は思っていたのね。だから王太子に近づいたのでしょう?また玉の輿目当ての変な女が近づいてきたと初めは思っていたわ。ごめんなさい。あなたはこの国を良い方向に導きたくて王太子に近付いたのにね」


「いえ、私も婚約者がいる男性に近付いてはいけないことをヒルデガルド様に教わりました。貴族には貴族のルールがあることを、あんなに一生懸命教えて下さったのに、私は嫉妬からだと思って周りに愚痴ってしまいました。それがヒルデガルド様の評判を落とす行為だとも知らずに。しかも高貴だと思っていた貴族の方が、あんなに面白おかしく噂を広めるとも思っていませんでした」


「そうね、貴族の世界は足の引っ張り合いよ。でも彼らを含めて国民ですもの。良い方向に進むように頑張りましょう。その為にマリア嬢にはマナーレッスンを頑張ってもらわないとね。ほら、またティカップを両手で持っているわよ?」


「あ!ごめんなさい!!」


「明日から、ヒルデが厳しく、でも優しく教えてくれるさ」


「はい、楽しみにしています!」


三人が談笑する中、私はそっと部屋を出る。頼りになるオルガおばさんはここまでだ。お坊ちゃんが帰る時間だ。

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