第10話


 素人の催眠にかかって気を失った邪教徒を縛り上げて、アインスは今度こそ彼らを地面に転がした。


 彼、どんだけ緊張してたんだろう。

 勢いだけの暗示で気絶するなんて、それだけ俺を怖がっていたってことか。


「で、この邪教徒たちは何しに来てたの?」

「貴方様の暗殺ですよ」

「昨日もこういう人達がいたんでしょ? 俺一人のために凄いやる気だな」

「……彼らは正常ではありません。……考えるだけ無駄です」


 確かに。


「……ネンドウくんは、どうしてこの男を殺さなかったんですか?」

「色々飛び散ると後始末が大変でしょ」

「……なるほど」


 本当のところは、人殺しするのが怖すぎて無理だからだ。

 だって俺、平和な日本から異世界に来て1ヶ月も経ってないんだぜ? いきなり人殺しできるようになる方がおかしいって。


 不殺の誓いまでは行かなくとも、殺人に嫌悪感があるのは当然だろう。

 まぁ、スプーンを男の口の中に突っ込んで「ボキッ」と殺すことはできたと思うけど。


「ところでネンドウ様、敵がこんな紙を持っていました」

「見せてくれ」


 俺はアインスから紙切れを受け取って、そこに記された文字を眺めた。


「……来週セレシア学園で行われる武闘大会当日に、学園を襲撃するだって?」


 この世界、血の気が多すぎる。


 というか学園の警備はなにをやってるんだ? 邪教徒の人達、既に学園内に何かしらの仕掛けを施してるんでしょ? 俺やばいじゃん。


 ……と言っても、明らかに強そうなアインスやノインが守ってくれるらしいので危機感はあんまりない。

 いや、現実感がないと言うべきか。


「武闘大会、ですか。ネンドウ様はもちろん出場なされるのですよね」

「ん?」

「……そうなると、対戦相手が邪教徒の刺客である可能性が高いですね。……ワタシ達が監視しておきますが、くれぐれも気をつけてください」


 武闘大会とか聞いてないぞ。


「俺は出るつもりないよ」

「な、何故ですか?」

「対戦相手が普通の生徒だったらどうする?」

「……なるほど。……英雄の力を前にした時、凡人に待つのは死のみであると……そういうことなのですね」

「そういうことだ」


 今日捕まえた邪教徒は学園の下見をしていたようで、謎のスイッチを持っていた。

 ノインがそれを手渡してきたので、俺は思わずスイッチを押してみる。


「あっ」

「え?」


 ボフン。遥か遠くで爆発音のような音が聞こえた。

 なんで押したんですか? と言わんばかりの2人の視線。


「大丈夫、考えがあってやったことだ」


 途端に2人の顔色が明るくなる。

 無計画で押したってバレたらヤバい。


 俺達は邪教徒を大通りに縛り上げて放置した後、昼休みが終わる寸前の学園に向かった。

 彼らの身柄は騎士団に任せよう。


 そう思って帰路についたところ、セレシア学園の校舎の一部が吹き飛んでいた。


 煙がもくもく。どう考えても俺のせいだ。

 あの邪教徒達と牢屋の中で再会する日もそう遠くないかもしれないな。


 警備の人達が慌てふためく中、俺達は陰から騒動を眺める。


「騎士団を呼べぇ!」

「怪我人は確認できませんが、直ちに現場に向かい確認してきます!」


 物凄い大騒ぎであった。

 怪我人が出なかったのは幸運すぎる。


 俺は結果オーライを棚に上げてそれっぽい発言をした。


「このスイッチは武闘大会の最中に押される手筈だったんだろう。しかし俺がスイッチを押したことによって、敵は今頃慌てふためいているに違いない……」

「流石ですネンドウ様!」

「……今怪しい動きをしている者が邪教徒の手先である可能性は高いですね。……炙り出しというわけですか」


 く、苦しい。神輿を担ぐのは好きだけど、他人に担がれるのはサブイボが立つ。


「ノイン、俺達はすぐに現場に行くぞ。アインス、君は学園外を監視しておいてくれ」

「了解しました」


 俺はアインスと別れた後、ノインと一緒に爆発現場へ急行した。


 現場は学園長室だった。

 学園長が不在な上、生徒が寄り付かない場所だったから被害はなかったけど……爆散したのが人のいる体育館や教室だったらと思うとゾッとする。


「学園に仕掛けられた『何か』は爆弾のことだったのか」

「……セレシア学園の警備もザルではありません。……厳しい監視とシステムの中でそう易々と危険物を仕掛けられるでしょうか? ……敵は想像よりも深く学園に潜り込んでいるのかもしれませんね」

「なるほどね」


 俺達が一番乗りみたいだ。

 瓦礫をどかしながら爆破の原因を探る。


 すると、瓦礫群の中央に無傷の物体があった。

 あまりにも違和感ありまくりな、盾のアンティークな置物であった。


「これ何だろう?」

「……間違いありません、これが爆発の原因となったアーティファクトでしょう」

「アーティ……あぁ、アレね」


 アーティファクト。ざっくりとしたアイテムの総称で、特に魔法の込められている物品がそれに該当する。


 このアーティファクトには造り手の個性が現れると言われており、これに込められた魔導回路を紐解いていくことで術者が判別できるらしい。指紋みたいなものだ。


「……このアーティファクトは持ち帰らせて頂きます。……ネンドウくんのそのスイッチと合わせて解析しておきます」

「と言うか犯人これ回収しに来るよね。待ち伏せてみようよ」


 瓦礫に隠れて待ち伏せする。

 ノインは既にどこかに消えていた。


「……透明化の魔法です。……ネンドウ様はそんなお粗末な隠れ方をしないでください」

「わっ分かってる」


 俺は瓦礫の隙間に身体を滑り込ませ、闇に身を潜めることで完璧な隠伏を可能にした。


 しばらく待っていると、破壊された学園長室に向かって男が歩いてきた。


 その男を見間違えるはずがない。特徴的なトサカ頭。モヒカン先生だった。


「……ククッ。ネズミが紛れ込んでいるようだな……」


 独り言を呟く先生。

 嘘だろモヒカン先生。一番好感度高かったのに。


「ガキが……舐めてると潰すぞ……」


 鋭い殺気。魔力を感じられない体質だというのに、俺はモヒカン先生の殺意を感じて身震いした。


 先生はサングラスをギラつかせ、アーティファクトを探そうともせずにその場を後にした。


「……決定ですね、あの先生が邪教徒と繋がっている。……殺しますか?」

「ま、待て。先生はもう少し泳がせよう」

「……何故ですか?」


 透明化を解き、切れ長の瞳で睨んでくるノイン。

 顔面が強いノインに凄まれると怯んでしまいそうになる。


「の、ノインならいつでも先生を捕まえられるだろ? 先生が邪教徒の手先なら、その繋がりを断ってしまうのは時期尚早だ」

「……なるほど」

「野次馬が集まってくる前に教室に戻ろう。アーティファクトは頼んだよ」

「……任せてください」


 こうして俺達は何食わぬ顔で教室に向かい、右往左往する生徒に混じって校庭へと避難した。


 学園長室が木っ端微塵になったという話が生徒間に流れ始めたのは、校庭に避難し終わってからだった。

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