第8話
昼休み。ルミエールさんは顔が広いので、彼女の周りに俺の入り込むスペースは無かった。
そのため俺はひとりぼっちで昼食を食べていた。
ゴドリック君もアルナス王女もどこかに行っていたし、やはり庶民が貴族の集まりに割って入るのは難しいということか。
どうやらセレシア学園においても屋上はぼっち御用達の空間であるようで、孤独な俺にも都合良く解放されていた。
俺は学園都市を見下ろしながら購買で買ったパンを頬張る。
「購買のパンうまっ」
虚しい独り言も、風が全て遠くに運んでくれる。
そうして軽く悦に浸りながらパンを食べていると、背後で石を弾くような音がした。
「『
ゆっくりと振り向くと、そこには妙に肌面積の多い少女が立っていた。
先程まで誰もいなかったはずなのに、瞬間移動でもしたのだろうか。俺は少女を注視する。
色素が抜けたように真っ白い髪。黒い肌。紫の瞳。そして髪の間から伸びた凸形の耳。
初めてお目にかかるダークエルフの少女であった。
「『
俺はその二つ名が嫌いなんだ。
知らない女を睨めつけると、彼女はぶるぶると震え上がった。長い髪の向こうに見える恐怖は本物に見えた。
「し、失礼致しました、我らが主ネンドウ様」
「エルフを下僕にした覚えはない。あんた誰」
パンに噛みつきながら尋ねると、彼女は屈膝礼をした。
膝に持ち上げられてめっちゃおっぱいが浮き上がって、思わずガン見してしまった。
衣装の隙間から見える胸の膨らみは、女性的な柔らかさというより筋肉のハリを感じさせる。
その他にも見える素肌が鍛え上げた筋肉の塊であることに気付いて、俺は今更ながら彼女が只者でないことに気付き始めた。
「私の名はアインス……『
「うわ、なにそれ。俺のファンクラブ?」
「そのようなものでございます。貴方様が学園都市に滞在されているという噂は、遠くエルフの森にも届いております」
「そんなに!?」
マジかよ、いつの間にか俺のファンクラブが生まれてたのか!
しかも幹部直々に会いに来てくれるなんて、相当熱心なファンじゃないか。
アインスって、確かドイツ語で「1」って意味だよな。
じゃあ2番目3番目の幹部の子もいるのかな!
「覚えていらっしゃいますか。2週間前、貴方様に金貨を振舞った歯の欠けた青年を」
「あぁ、あの人か。覚えてるよ」
「彼は我が部下の1人でした。彼の報告があったあの日から、我々は貴方様と接触する機会を伺っておりました」
彼女から感じられるこの恭しさ。分かるぞ。推しに会いたいけど自分程度の人間が会っていいものかと葛藤していたんだろう。
まさか俺が推される側になるとは思わなかったけど……なまじ推す側だった分、彼女の畏れのようなものはすんなりと呑み込めた。
「アインスさん……すごく嬉しいよ。そんなに俺と会いたいと思ってくれていたなんて」
「とんでもございません! 我々はずっと貴方様という英雄の復活をお待ちしていたのです!」
英雄! 英雄って! かぁー!
スプーン曲げひとつでここまで有名になっちゃったかぁ!
「ねぇねぇアインスさんサインいる? 俺、実は有名になった時のために練習してたんだよね」
「わ、我らが主よ。私のことは呼び捨てなさってください。畏れ多いです」
「そお?」
で、この人何しに来たの?
まさかサインを貰うためだけに学園に忍び込んできたわけじゃないだろう。
「まあいいや。アインスは何の用でここに? 学園の警備って結構厳しかったはずだけど」
「フフ。我ら『
ウソでしょ。学園の敷地の周りを数十人の騎士団員が見守ってる上、正門裏門前には屈強な兵士が2人ずつ配置されているんだぞ。
しかも学園には防犯システムとして魔力網ウンタラってやつが常時作動してるはず。
それも超えてきたってこと?
なるほど、お前はファンクラブ幹部から不審者に格下げだ。というかファンクラブって嘘だろ。こいつはマジックの世界を知らなすぎる。
「我々の要件はひとつ。こちらの紙をご覧下さい」
「なにこれ」
「……ネンドウ様。貴方様を狙う勢力は現在確認しているだけで3つあります」
「えっ」
俺は紙を開きながらアインスの話を聞いた。
「1つ目の勢力は王国の騎士団。……ただし彼らは貴方様を悪いようにはしないでしょう」
「あぁ、ケルッソさんのところね。あの人達優しいもんな〜」
「2つ目の勢力は学園上層部及び貴族連中。彼らは貴方様の力を取り込んで権威を拡大する狙いがあります」
「そいつらバカだね」
「ええ、大馬鹿でございます」
スプーン曲げを利用して何ができると?
あ〜でも死ぬほど頑張ればできるかもな。
『夕食時を狙って国中のスプーンを捻じ曲げて、軽いテロを起こす』……みたいなこと。
生産性皆無の嫌がらせだし代わりにフォーク使われたら終わるから、やっぱり結果はしょぼい感じで纏まりそうだけど。
「そして3つ目の勢力、これが問題なのです。『ヴァイオレット教団』……通称邪教徒。彼らは貴方様の暗殺を企んでおります」
「暗殺ゥ!!?」
ちょっと、なんでスプーン曲げが殺しに繋がるんだよ!
「落ち着いてください。我ら『
紙の中にはこう記されていた。
『邪教徒が学園内部に何かを仕掛けている』と。
「それは『
「……アインス。学園内部に何が仕込まれてるの?」
「現在もう1人の幹部が調査中です」
「というかなんで俺が狙われる羽目になってるの?」
「貴方様が魔人を打ち倒す英雄だからです」
寝言は寝てから言え。
頭がおかしくなりそうだ……。
「安心してくださいませ。『
アインスが指を鳴らすと、どこからともなくポニーテールの少女が現れた。
「彼女の名はノイン。学生に扮して貴族の動向を見張るネンドウ様を支えてくれるでしょう」
「……ネンドウ様、アナタをお守りします」
ノインと呼ばれる青髪の少女が現れた瞬間、俺は考えることをやめた。
暗殺だの、アルマのビキビキだの、スカーレットヴァイオレットだの……もう好きにしてくれ。
俺は彼女達の話が早く終わるように、これからは適当な返事だけを返すようにしようと決意した。
「そうか。ノイン、これからよろしくな!」
「……はい、主様」
「なんなんだよコイツらいきなりキッショいなぁ」
「なにか仰られましたか?」
「いや。アインス、ノイン、ありがとう。助かったよ」
「滅相もございません」
周囲の状況を気にするような素振りを見せた後、アインスは一歩下がって屋上の柵に足をかけた。
「申し訳ございませんネンドウ様、時間が無いので私はこれにて失礼します」
おう、二度と来るなよ。
俺は残されたノインという少女に向き直る。
青髪ポニーテール。澄んだアメジストの瞳。騎士団員が纏っているような武人的な雰囲気。そしてセレシア学園の制服。
彼女は俺と同じクラス……それも真後ろの席の女の子だ。
前々からクソ睨まれてんな〜って思ってたんだよ。
まさか俺の集団ストーカーだったとはな。
「……学園内に仕組まれた『何か』を含めて、全ての面倒事はこのワタシ……ノインが片付けます。……全てお任せ下さい」
うるさい。俺の学園生活はめちゃくちゃだ。
「……ノイン。きみ、サンブーカ・コンモスカみたいな名前じゃなかったっけ」
「……偽名です。……本当の名は捨てました」
かっけぇ……俺も言ってみてぇ。
「偽名でどうやって学生になれたの?」
「……『
なるほど。裏口入学的なやつか。
……ん? 待てよ。『
「……フフ、気付かれましたか。……入学試験を受けるまでのアナタはまだ本調子でないようだったので……『
じゃ、じゃあ……俺がこの学園に入学できたのは、この集団ストーカーのおかげでもあるってことなのか……?
や、やばい。
俺、アインスとノインに「キッショいなぁ」って言っちゃった。とんでもない無礼を働いちまった。
どどどうしよう。
考えろ。俺にできることを。
……俺がやるべきことはひとつ。
『
これに限る。
「ノイン」
「……なんでしょう、ネンドウ様」
「その呼び方じゃ目立つから、せめてネンドウ君とかネンドウさんって呼んでくれない?」
「……分かりました、ネンドウくん。……これからよろしくお願いします」
『
この勘違いに乗っかって、上手い立ち回りをしていかないと。
ちらりと横を見ると、何故か頬を染めたノインが俺の袖を摘んでいた。
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