第7話


 入学式が終わって、いよいよ俺の異世界学園生活が始まった。


 このセレシア学園は大陸最高峰の魔剣学園。魔法や剣術に秀でた世界中の才能が集う学園だ。

 そんな学園でも、ルミエールさんは剣士として最上位の才能があるらしい。すごいよねぇ。


 ただし、呑気な感想を抱いてばかりじゃダメだ。

 あまりにもお粗末な成績を残していると、落伍者として学園から追放されることがあるとかないとか。剣と魔法はダメでも、せめて勉強だけは一定の成績を残さねばなるまい。


 勉強もできるルミエールさんが同じクラスになって良かった。何なら彼女は唯一の友達でもあるからね。


 式典ラッシュが終わって本格的な授業が始まる頃、俺は魔法と剣術の実技授業に怯えていた。


 座学はガチって何とかするとして、魔法と剣術の実技が本気で怖い。

 ルミエールさんほど強い人は少ないとしても、みんな最低限の剣技と魔法はできてるはずだからな。

 このままじゃ晒し者だ。本気でどうしよう。


 怯える暇もなく、剣術の実技授業が始まった。


 剣術は日本で言う体育の代わりみたいなもんなので、ほぼ毎日ある。

 大陸最高峰の魔剣学園に入学した以上、最低限剣を使えるようになっておけということなんだろう。


「皆さんペアを組んで基礎練習を始めてください!」


 うわ、初っ端からペアを作れって?

 そうか、みんな中等部から上がってきて友達がいるのか。俺と違って。


「る、ルミエールさん。俺とペア組まない?」


 仲の良いクラスメイトがルミエールさんしかいなかったので、俺は実力差がありすぎるなと思いつつ彼女に声をかけた。

 しかしその寸前、銀髪の少女が彼女を攫っていった。


「ルミエール! 私とやりましょ!」

「アルナス様。わたくしでよろしいのですか?」

「貴女だから頼んでるんじゃない! ほら剣抜いて! 早速やりましょ!」


 ――アルナス・セレシア王女殿下。

 俺の隣のクラスの子であり、この国の王であるゼネス・セレシアの娘という凄すぎてよく分からない人だ。この授業は2クラス合同で行われるため、実は初見である。


 ルミエールさん、あんな人と仲良いのかよ〜。

 俺のような平民の出る幕じゃないな。


 学園生活から既に貴族の社交や政治は始まっているのだ。平民は大人しく他の人を探すとしよう。


 気を取り直して運動が苦手そうな子に話しかけようとしたところ、アルナス王女の快活な声が俺の背中を貫いた。


「あ、貴方! 入学試験でミスリルにお父様の顔を彫ったって子でしょ!」


 彫ってはいない。スプーン曲げの応用だ。


「アルナス王女、何か御用ですか」

「も〜! そんな畏まらなくていいから! ネンドウ君、貴方のお話を聞いてみたかったの! 放課後お茶会しましょ! ルミエールと一緒に!」

「あっはい」

「またね〜ネンドウ君!」

「えっあっ」


 えっ、何この子。可愛くて優しくてこんな俺にも手を振ってくれるなんて。

 ヤバい惚れちゃう惚れちゃう。

 あっ、良い匂い。


「…………」


 ルミエールさんが怖い顔をしながら俺を睨んでいる気がしたけど、多分気のせいだ。俺はペア探しを再開し始めた。


 しかし、アルナス王女と話している間に俺以外の人はペアを作ってキャッキャしていた。

 やばい。先生とペア組むなんて御免こうむるぞ。


 必死になって周囲のぼっちを探す。

 すると、視線の先にワイルド系のイケメンがいた。


 代々魔法剣士の一族であるヴェンダー家の、ゴドリック・ヴェンダー君だ。

 武闘大会ベスト8常連の実力者らしい。


 この人は無理だ。

 俺の実力じゃルミエールさんの時のようにボコされてしまう。

 俺みたいに貧弱な身体をした同類の学生はいないのか。


「おい貴様……俺様とペアを組まないか?」


 突然独り言を呟き始めるゴドリック君。

 やば。壁に向かって話しかけてるよ。


「貴様に話しかけているんだ」

「あ、俺?」


 俺に背中向けてるから、てっきりヤバい人なのかと思った。


「そうだ。まさか断るとは言わないよな?」


 怖ぇ。断りてぇ〜。

 でもゴドリック君と俺以外はペア出来ちゃってるし……背に腹は変えられないか。


「めっちゃ実力差あるけど、それでもいい?」

「なっ! 俺様と貴様の間に実力差があるだと?」

「うん。見ればわかるよね?」

「なにィ……!」


 突然ゴドリック君がキレ始めた。

 そりゃそうだよね……俺みたいな貧弱な人間じゃカカシにもならないよね。

 きっと、一瞥しただけで俺のゴミ加減に気付いたんだ。


「雑魚じゃ練習相手にならないのは分かってるんだけど、なんかごめん。余ったもの同士仲良く――」

「黙って聞いていれば、貴様っ!!」


 眉をキリキリと吊り上げるゴドリック君。

 ちょっと、どんだけ俺のこと嫌いなの。


「――俺様は『陽炎の騎士ヒートヘイズナイト』と呼ばれる魔法剣士だぞ!! それを分かっての愚弄か!?」


 ひ、ヒート・ヘイズ・ナイト……!?

 かっけぇ!


 なんで皆の生き様はそんなにカッコいいんだ?


 イカした魔法詠唱、インディグネイションのような横文字の魔法名、そして二つ名『陽炎の騎士ヒートヘイズナイト』。


 ずるいじゃないか! 皆だけ!


 俺スプーン曲げよ? 一応『魔封殺しマジックブレイカー』なんて呼ばれてるけど、種明かししまくる人みたいで嫌な二つ名だし……。


 俺もそういうの欲しいよ!


「ごめん。ゴドリック君の通り名は知らなかったけど、あんまり怒らないでほしいな」

「とことん苛立たせてくれるな、貴様は……!」


 赤髪が逆立つ勢いでブチ切れるゴドリック君。

 話が噛み合っていない気がする。


 他の人達が適度な緊張感の中で基礎練習を行う中、俺とゴドリック君の間だけは殺伐とした雰囲気が漂っていた。


「剣を抜け」

「えっ」

「抜けと言っている」


 しゃらん、とゴドリック君が剣を抜く。

 その優美な動作に見惚れそうになったけど、剣を抜けと言われて正気に戻ってくる。


 俺は腰に携えた模擬刀の柄を手に取った。

 そのままカッコよく引き抜こうとしたが、ガチガチと内部で引っかかって上手く抜刀できなかった。


「ちょっと待ってね」

「うん。待ってるから早く抜け」


 この世界に来てから始めて気付いたのだが、剣をスムーズに抜くことすらめちゃくちゃ難しい。

 刀身が長ければ長いほどそれは助長される。


「ちょっ、あれっ、ほんと、なにこれ……」

「……どうした」

「あ〜……」


 全然抜けねぇ。

 俺はゴドリック君に問うた。


「このままでいい?」

「抜く必要すらないということか、貴様ァ!!」


 怒りが頂点に達し、遂に襲いかかってくるゴドリック君。

 いくら刃を潰されているとはいえ、金属の棒で思い切りぶん殴られたら死ぬだろう。当たり所によってはバッサリ肉が切れるかもしれない。


 俺はその場を動けなかった。

 ルミエールさんよりも遅いとはいえ、ゴドリック君の動きが速すぎたのだ。


 かっこ悪いまま死ぬのは嫌だ。

 俺も一皮剥けた何かが欲しい。

 イカした二つ名。魔法詠唱。技の名前。


 ならば死ぬ前にせめて、俺が考えていた奥義を披露させてもらおう。

 ダサいマジシャンのまま死ぬのは御免なのだ。


 いつか強くなった日に繰り出そうと思っていた秘技、ここで使うことになるとはね。


「ネンドウ七大奥義……《断罪だんざい罪撃ギルティアタック》……」

「ッ!?」


 ヤバい。罪が多すぎる。

 訂正の暇はない。勢いでやり切ろう。


 俺は良い感じに居合の構えを取って腰を沈めた。

 よくあるアレだ。

 通常の剣で敵わない敵も、居合切りをするだけで勝てるらしいからな。その念を込めている必殺技だ。


 本来なら最強の剣士となった暁に振るう必殺技だったのだが――


「筋肉の予備動作が――感じられないっ!?」


 突然の奇行に飛び退くゴドリック君。

 あ、よく見たら俺の足元に小鳥がいる。

 もしかしてゴドリック君、この鳥に気付いたから突撃をやめてくれたのかな。


「うん、無益な争いは避けるべきだよね」


 俺は小鳥が飛び立ったのを見て、居合の構えを解いた。

 久しぶりにきつい姿勢を取ったせいか、腰が悲鳴を上げていた。


「き、貴様は何者だ!? 何故魔力も殺意も感じられないんだ!?」

「なんのことかサッパリ分からないけど」


 俺は痛む腰を労りながらその場に座り込む。

 ヤバい。ガチで痛い。運動不足が異世界で響いてくるなんて。《断罪だんざい罪撃ギルティアタック》を放つにはまだまだ修行が足らないようだ。


「…………」


 小鳥を危険に晒して余程ショックだったのか、ゴドリック君はそれからとても大人しかった。

 しかも、素人の俺との基礎練習に文句ひとつ言わず付き合ってくれた。


 もしかしたら友達になれたのかもしれない。

 やっぱり人は見た目によらないよね。


 友達が増えてきて、学校生活が楽しくなってきた。

 ありがとうケルッソ騎士団長。

 いつか恩返ししたいなぁ。




----------




 ――『陽炎の騎士ヒートヘイズナイト』。

 人はゴドリック・ヴェンダーのことをそう呼んだ。


 ゴドリックは火の魔法と強靭な肉体を組み合わせた力押しの戦法を得意とし、武闘大会で安定した成績を残し続けていた。

 二つ名の由来は、彼と戦った後に茹だるような灼熱の炎のみが残ることに由来する。


 そんな彼には、密かにライバル視している敵がいた。

 ルミエール・ハーフストーンとアルナス・セレシア王女である。


 この2人はゴドリックと同等以上の才に溢れていた。

 武闘大会で彼女達と対決する度に、地面を舐める回数が多くなっていく。彼はその事実が許せなかった。


 ゴドリックがアルナス王女と同じクラス、そしてルミエールと隣のクラスに配属されたのは幸運だった。

 剣術・魔法の実技授業で彼女達の剣技を近くで見られるからだ。


 しかし、初回の授業で彼はミスを犯すこととなる。

 ゴドリックの想像以上に、アルナス王女とルミエールの仲が良かったのだ。どちらかとペアを組もうとしていただけに、出鼻をくじかれた気分であった。


 軽くショックを受けていた彼が気を取り直すと、周囲の人間はペアを作り終えていた。

 残っているのは自分と挙動不審の少年だけ。


(……あの男は余り物か。まぁいい、アルナス王女とルミエール以外に興味は無い。この授業は適当に終わらせよう)


「おい貴様……俺様とペアを組まないか?」


 ゴドリックは黒髪の少年に声をかけた。

 確か名前は暁ネンドウ。高等部から新たに入ってきた顔だから、偶然覚えていた。どうせ平民出身の人間だろう。


「貴様に話しかけているんだ」

「あ、俺?」

「そうだ。まさか断るとは言わないよな?」


 ゴドリックは王国でも名の知れた魔法剣士だ。断られるはずがないと思っていた。


 しかし返ってきたのは、遠慮の言葉よりも彼のプライドを傷つける言葉であった。


「めっちゃ実力差あるけど、それでもいい?」


 ――

 つまり、少年が上でゴドリックが下という煽りだ。


 この男と自分の間には埋められぬ実力差がある? いや、そんなはずはない。ゴドリックは食い下がった。


「なっ! 俺様と貴様の間に実力差があるだと?」

「うん。見ればわかるよね?」

「なにィ……!」


 ネンドウ少年の言葉を受けて、ゴドリックの脳内に灰色の光景が広がっていく。


 それは、とある武闘大会の決勝戦。

 アルナス王女に敗れ、膝をついたその時に聞いた言葉と重なった。


 ――流石はアルナス王女。

 ――ゴドリック様も十分お強いが、いかんせん実力差がありすぎたな……。

 ――俺は一目見て分かったぜ。王女様が勝つってな。


(――違うっ、俺様は強い! 今はまだ敵わないだけだ!! いつか完璧な形で超えてみせる!! ルミエールも!! アルナス王女も!!)


「雑魚じゃ練習相手にならないのは分かってるんだけど、なんかごめん。余ったもの同士仲良く――」

「黙って聞いていれば、貴様っ!! 俺様は『陽炎の騎士ヒートヘイズナイト』と呼ばれる魔法剣士だぞ!! それを分かっての愚弄か!?」

「ごめん。ゴドリック君の通り名は知らなかったけど、あんまり怒らないでほしいな」


 少年の一言一言が、的確にゴドリックの心を抉っていく。

 視界が狭窄していく。冷静さが抜け落ちて、思わず火の魔法が溢れ出しそうになる。


「剣を抜け」


 ギリギリのところで踏みとどまったゴドリックは、ネンドウ少年に剣の切っ先を向けた。

 殺しはしないが、半殺しにさせてもらう。その剣を二度と握れないようにしてやる。


「……どうした」


 しかし、待てども待てども少年は剣を抜かない。

 ゴドリックには、剣を抜くことを躊躇っているように見えた。


「このままでいい?」

「抜く必要すらないということか、貴様ァ!!」


 おどけたように呟いたネンドウの愛想笑いを見て、ゴドリックの堪忍袋の緒が弾け飛んだ。


 考えるより先に身体が跳躍する。


 模擬刀に殺意を乗せて、大上段の構えで突っ込んだ。


 そしてスローモーションになる世界の中、ゴドリックは見た。


「ネンドウ七大奥義……《断罪だんざい罪撃ギルティアタック》……」


 ネンドウ少年の居合の構えである。


 かつて極東の剣豪に居合切りを受けたことのあるゴドリックは、驚愕に目を見開いた。


 ゴドリックは、無防備な雰囲気がフェイクだと気付いたのである。

 駆け巡る爆発的な思考。


(ま――待て! 止まれ俺様の身体っ! あの精神攻撃は罠だッ!! 奴は俺様を間合いの中に誘い込むために一芝居打ったんだっ!!)


 頭の中が真っ白になる。

 攻撃をやめ、魔力網を広げながら防御の構えになるが――


「筋肉の予備動作が――感じられないっ!?」


 少年は魔力を欠片も纏っていなかった。

 普通の人間であれば魔法を纏って肉体を強化するはずなのに、少年から感じられる魔力は皆無だった。


 魔力を纏っていなければ、ゴドリックの魔力網に少年の筋肉の動きが反応するはずもない。


 戦闘において重要な第二の目が頼れないと知ったゴドリックは、強烈な不安を覚えた。


 魔力も殺意も持たない少年が悪魔のように見えた。


(まさか――!)


 ゴドリックは聞いたことがあった。

 極致に至った剣士は殺意を持たない。

 友人と会話するように剣を振るうのだ――と。


 切られる。

 真っ二つに。


 そう思った瞬間――


 ぷち、という音を立ててゴドリックの唇が切れた。

 春先の乾燥した空気と極度の緊張によって。


 ゴドリックは乾燥肌であった。


 咄嗟の痛みで我に返ったゴドリックは、渾身の力を振り絞って後ろに飛び退いた。


(……い、生きている!? あの瞬間、俺様は斬られていたはず……)


 やろうと思えば、やれたはずだ。

 唇の先のみを切り裂くなど、剣の達人でなければ不可能だ。


(……俺様の……負け……?)


 ゴドリックは立ち尽くす。

 視線の先に立っていた少年は、剣を抜いてすらいなかった。


「うん、無益な争いは避けるべきだよね」

「き、貴様は何者だ!? 何故魔力も殺意も感じられないんだ!?」

「なんのことかサッパリ分からないけど」


 この日、ゴドリックの前に剣の師匠が現れた。

 その師匠の名は暁ネンドウ。剣術の素人である。


 その後、基礎練習をネンドウと共にしたゴドリックは、少年と仲が良いというルミエールに声をかけた。


「……ルミエール」

「あら、ゴドリックさん。貴方とも稽古したかったのですけど、王女がいたものですから……」

「いや、構わない。それより聞きたいことがある……暁ネンドウ、奴は何者なんだ?」


 ネンドウの名を耳にして、ルミエールはゆったりとした笑みをたたえた。


「……剣の素人。初めて彼を目にした時、貴方はそう思っていたでしょう? 違うんですよ、ネンドウさんは」

「なんだと?」

「貴方にも思い当たる節はあるはずです。魔力を一切纏わず、そして振るう剣に殺意はない。彼は只者ではありませんよ」

「…………」

「わたくしは彼に偶然勝てましたが、後から分かりました。ネンドウさんは本当の実力を隠しているんです。彼の本領は決して誰にも知られることはない。……戦火が降り注ぐその日まで……」


 そう言い残すと、ルミエールは校舎に向かって歩いていった。

 ゴドリックは青空を見上げて、大きなため息を吐いた。


「……王女やルミエール以外にも、あんな男がいるとはな。世界は広い……か」


 無意識のうちに相手を見下していた自分には良い薬になった。

 ゴドリックは、ネンドウ少年の元に先程の非礼を詫びにいこうと決意した。

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