第5話


 ルミエールさんに学園案内をしてもらった後、俺達は図書館に繰り出して隣同士に座っていた。

 彼女は流れるような金の髪を耳にかけながら、異世界文字の書けない俺に文字の勉強を教えてくれた。


「ここがこうで……そうです。飲み込みが早いですね」

「どうも」


 日本語が通じて異世界文字が分からないってどういうこと? って感じだったけど、ルミエールさんのおかげで何とかなりそうだ。


「ところで、魔法は見せてくれないんですか?」

「今は言語学習に集中したい」

「けち。『魔封殺しマジックブレイカー』なんでしょ?」

「その通り名やめてくれない?」

「ケルッソさんが言ってました。凄い魔法使いなんでしょ、見せてくださいよ。けちけち」


 頬をぷくっと膨らませて、人差し指で俺の頬を虐めてくるルミエールさん。

 いやぁ、凄い魔法使いって言われてもね。

 俺がスプーン曲げを披露したところで――


「きゃーかっこいい! 素敵! 賢者!」


 とはならんでしょ。

 だっさいんだよなぁ、俺の超能力。


「見せて〜見せて〜けち〜」

「どうせ授業で魔法見せる機会とかあるでしょ? そこで見せるから」


 正直な話、皆の魔法の完成度にもよるかな。


 例えば、他の人の魔法がしょぼかったら俺の超能力は相対的に完成度の高いものとして評価されるだろう。

 しかし、炎を巻き上げる魔法とか氷柱を生成する魔法が出てきたら俺の超能力はゴミと化す。宴会の場ですら勝てなくなっちゃうよ。


「なんでそんな拒否するの? わたくしのことが嫌いなんですか?」

「まだ俺達そんな仲良くないでしょ」

「ひどい!」


 ルミエールさんは俺に勉強を教えてくれながら、二言目に「見せてください」と枕詞を添えてくる。

 どんだけ見たいんだよ〜と、遂に俺も折れてやることにした。


「そんなに俺の魔法が見たいんだったら、先にルミエールさんの魔法を見せてよ」


 俺と同い歳の女の子だ。

 めちゃくちゃ振り絞って水一滴を生成するとか、マッチ棒にも及ばない火を立てるとか、それくらいしかできないでしょ。


「いいですよ。室内は危ないですから外に出ましょう」

「え?」


 そんな俺の甘い考えは早く崩れ去ることとなる。

 図書館の外に出てルミエールさんの魔法を披露してもらったところ――


「渦巻け雷雲――雷の精霊よ、天雷を落とせ! 《インディグネイション》!!」


 詠唱から既に格が違ったのだ。

 地面が揺れると同時に、俺達の目の前に青白い雷が降り注ぐ。


 世界に暗雲がかかったかと思ったら、校庭に生えていた大木が閃光を放って爆散していた。


「えっ……」


 思わず空を見上げると、彼女が呼び出した雷雲は霧と消えていた。一瞬、ルミエールさんの手の周りに幾何学模様の回転する魔法陣が見えた気がする。


 おいおい。異世界の魔法、スプーン曲げに比べて効果が絶大な上にかっこよすぎるだろ。

 勝てない。俺の宴会芸じゃどう足掻いても。種も仕掛けもありませんとか詠唱してる場合じゃない。

 消し炭になった大木を眺めながら、俺はルミエールさんに問うた。


「凄い高位魔法だね」

「いえ、わたくしの魔法は普通の部類ですよ」


 マジ?


「なるほど。ルミエールさんは魔法の才を買われてこの学園に入ったんだね」

「違いますよ?」

「うん?」

「わたくしの最も得意とする分野は剣術です」

「ふむ。騎士団副団長セリシャさんの妹だから、剣の才能に溢れていないはずがないもんね。勘違いしないでほしいんだけど、知ってた上で一応質問しただけだからね」


 あれ? 俺のスプーン曲げの超能力、高位の魔法レベルに評価されてるみたいな雰囲気なかった?

 大木ぶっ飛ばした彼女の魔法よりも高評価なの? スプーン曲げが?


「わたくしの魔法は見せましたよ。さあ、ネンドウさんの魔法も見せてください!」


 ルミエールさんの金の瞳がキラキラしてる。

 俺のしょぼい超能力をルミエールさんに見せられるわけがない。ここは撤退だ。


「すまん、調子悪くなってきたから寮で休むわ」

「えっ!?」

「じゃあな」


 まずはかっこいい詠唱を考えるところから始めよう。

 「皆さんご注目」とか舐めた魔法詠唱してたら鼻で笑われるからな。ルミエールさんの詠唱は精霊に呼びかけてるのに、俺の詠唱は観客の皆さんに呼びかけるだけとか……スケールから段違いじゃないか。


「くそ。王様の顔を刻むだけじゃダメだ……スプーンを変形させてドラゴンを作るくらいじゃなきゃ張り合えないっ」


 ぶつくさ言いながら、早歩きで校庭から離れていく。

 すると、俺の真後ろから真正面に瞬間移動してきたルミエールさんが行く手を遮った。


「その瞬間移動……今度こそ高位魔法だな。ルミエールさん、中々やりますね」

「いえ。今のは普通に脚力です」

「ふむ」


 喋るとボロがボロボロと。

 俺はもうダメだ。


「じゃあまた明日。勉強教えてね」

「ちょ、待ってくださいよ! どうしてそんなにわたくしのことを避けるんですか!」

「急用があるんだ」

「ウソです!」


 はい、ウソです。


「というか、校庭に生えてる木は吹っ飛ばして大丈夫だったの?」

「え?」

「モヒカン先生が走ってきてるよ」


 爆発音を聞きつけたのか、モヒカン先生が現場にやってきた。

 先生は何故かモーニングスターを持っている。彼の周りだけは貴族の通う学園らしからぬ世界観であった。


「おいガキ! なんだあのクレーターは! 学園長が植えてくださった記念の樹が炭化してるじゃねーか! オメーがやったのか!?」

「いや、ルミエールさんがドカンと雷を……」

「なんだと!? ルミエールさん、テメーこっちに来なさい! 話は職員室で聞こうか!」

「え、ええ!? ちょっと! わたくしは違くて!」


 俺達に話しかけてきた先生は、事の顛末を聞くと鬼の形相になる。そして彼女を引きずるようにして校舎へと歩いていく――なんてことはなく、普通に動向をお願いするだけで指一本触れていなかった。

 語調の強さとは裏腹に、極めて平和的な連行方法である。


 まぁ、右も左もお偉いさんの子供しかいないわけだし……慎重になるのは仕方ないよね。


「そ、そうですっ! ネンドウさんにやれって言われただけなんです!」

「は?」


 唐突に俺に矢印を向けてくるルミエールさん。巻き込みやがったな。

 俺は魔法を見せてくれって言っただけで、木をぶっ壊せなんて言ってないのに。


「なんだと! じゃあネンドウ君も一緒に来い! 安心しろ! そこの部屋で30分話すだけで何もしねぇから!」


 それは手を出す男のセリフなんですよ先生。

 俺は観念してモヒカン先生についていくことにした。


 視界の端でルミエールさんがニヤリと笑っている。思わずピキりかけたがギリギリのところで堪えた。話せば分かってくれると思ったから。

 そして事情聴取されて絞られた結果、ルミエールさんは半泣きになりながら反省文を書かされることになった。俺は無罪放免。ルミエールさんは自業自得だな。


 ついでに、俺の超能力を見せる見せないについてが有耶無耶になったので、30分後には安心して寮室に引き籠もることができた。


 ……まだ入学式すらやってないのに、問題を起こすとはね。ルミエールさんは優しいけど、ちょっと警戒した方がいいかもしれない。


 入学式はしばらく後だ。それまでに異世界文字を理解できるようになっておきたいね。


 ……1週間後。なんやかんやあって、俺は異世界文字を理解できるようになっていた。

 言語の作りが日本語にそっくりだったから、ガチった結果一瞬で吸収できた。ルミエールさんのおかげだね。


 ただ、俺は知らなかった。

 異世界言語が理解できることと、異世界の勉強が理解できるのはまた別の問題だということを。


 そして更に1週間後。


「魔法学、さっぱりわからん……」


 俺は『魔法学』という必修科目の意味不明さに頭を抱えていた。

 一言で言えば、スピリチュアルかつ直感的すぎるのだ。


 当たり前のように「魔力は心で感じろ」みたいな文章が教科書に乗ってるし、なんなら皆知ってるよねって感じで『魔力』『魂の純度』のような用語をスルーしているのだ。索引にすら載ってねぇ。


 んで、必死こいて調べた結果、魔力は魔法の源である精神力や神秘的エネルギーの総称だということが分かった。

 イメージ通り過ぎて徒労だったし、結局魔力の感じ方については文献に何一つ記されていなかった。


 当然、魂の純度がナントカってのも載ってなかった。

 何故なら、魂の純度が高ければ高いほど魔力貯蔵量が多いなんてのは常識中の常識らしいからだ。そんなことすら知らなかった俺を見て、ルミエールさんは呆れ返っていた。


「まぁ魔剣学園だしな。魔の方はダメでも、剣の方でなんとかすればいいでしょ」


 そう言って布団を被った後日。

 俺は剣の方もダメダメなことを認識させられた。


「……よ、弱い……」

「る、ルミエールさん……ハァハァ、休憩してもいいですか? 死んじゃうよぉぉ」


 刃を潰した模擬刀でボコボコにされて、俺は腰から崩れ落ちて命乞いをしていた。


 ルミエールさんが「ネンドウさんの剣の腕を知りたいです!」と体育館に呼び出してきたのが始まりだった。

 あ〜いいっすねって感じで軽く返事して、剣を受け取って。剣道の授業を思いながら素振りして――


 そして俺は殺された。

 試合開始の合図を聞き遂げた瞬間、地面と熱いキスをしていたのだ。


 この子の剣筋、速いとかそんなもんじゃなくて見えなかったぞ。予備動作すら見えなかった。やべぇ。


「きゅ、休憩するのは構いませんが……まだ稽古を始めてから10分も経ってませんよ? 学はおろか剣さえゴミカ……コホン。ネンドウさんの魔法はそれらの欠点を覆すほど評価が高いのですね」

「まあね」


 ルミエールさんは、俺のことを筆記と剣術がゴミなぶん魔法が突き抜けて凄い人なんだと思っているらしい。

 残念でした。俺、魔法が一番できないよ。俺は冗談を口走りながら、産まれたての子鹿のようになった脚を立ててルミエールさんに剣先を向けた。


「もう休憩は十分だ。試合、再開するかい?」

「い、いや良いですよ……貴方の剣の腕は十分理解できましたので」

「俺もルミエールさんの実力が測れましたよ」

「どこからその自信が湧いてくるんですか?」


 出会って2週間。ルミエールさんとは打ち解けてきたけれど、彼女は結構毒舌というか冗談が好きなタイプのようだ。俺と気が合いそう!


「明日、入学式だねぇ」

「……結局、春休みの2週間、魔法は見せてくれませんでしたね」

「まぁまぁ」

「魔法学の授業が始まったら、存分に見せてもらいますからね。貴方の魔法に関する才能を……」


 やべ〜。入学式までは言語学習をしたいと誤魔化し続けた結果、ルミエールさんがめっちゃ疑り深くなってる。


 早めに見せておくべきだったなぁ。

 期待が高まってる分、落胆のショックもデカくなっちゃうよ。


 それとも魔法を出せるように修行するか?

 いや、魔力がさっぱり感じられないんじゃ無理か。


 スプーンに対しては割となんでもできるんだけどな〜。


 俺は入学試験で国王の顔を刻んだスプーンを思い出す。

 アレは何故か学園に寄贈する運びになったらしいけど、あんなんじゃダメだ。ルミエールさんは満足してくれないよ。


「気合い……入れるか……!」


 その夜、俺は超能力を使ってドラゴンを製作した。


「うむ」


 スプーンが元になったとは思えないクオリティ。悠久の時を生きてきたドラゴンの悠然たる風格が表れた作品だ。

 これならルミエールさんに見せても技巧の部分で張り合える。……張り合えるよね?


「…………」


 よく考えた結果、やっぱり無理だと確信。


 俺はふて寝した。

 しばらくは超能力を使わないでおこうと思った。


 次の日、何故かドラゴンの作品が忽然と消えていた。


 トイレに行った時にどこかに落としちゃったかな。

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