第4話


 初めて見るセレシア学園の校舎はあまりにも巨大だった。大陸最高峰の学園と言われるだけあって、抱える生徒数も1000人に上るという。


 セレシア学園に通う有名人は王女殿下や大貴族の長男など……端的に言えば住む世界の違う御仁たちである。

 ケルッソさんのコネで入学試験を受けられるようになったはいいが、合格しても心苦しい生活が待っているのは簡単に予想できた。


 だって、俺みたいな平民が高貴な人達と一緒の空間に住めるわけがないのだ。

 テーブルマナーはもちろん知らないし、言葉遣いも多分汚い。100パーセント居場所がないよ……。


「というわけで、入学試験は頑張ってきなよ」

「俺、ほんとに大丈夫なんですよね」


 ケルッソさんから貰ったいい感じの服を着て、ちょっと貴族らしくなった格好で俺は校門の前に立っていた。


 今日は入学試験当日。コネパワーによる筆記試験免除を経て、俺は実技試験のみを受けに来た形になる。


 校門の周りには、受験のために学園を訪れた少年少女や従者の姿があり――俺と彼らの間には不可視の隔たりが出来ていた。

 服のこなれ感とか、自信の有無とか、そういうところから来る違いだろう。あぁ、緊張する。


「なぁに、君はいつも通りアダマンタイトを曲げるだけだ」

「ほんとにそれで合格できるんですよね」

「当たり前だ。逆に合格させない方がおかしいよ」


 俺は頭を抱える。学園側の判断基準が分からない。


 何でスプーン曲げをしたら異世界トップクラスの学園に入学できるんだ? でもケルッソさんが自信満々にそう言うのだから、この世界に疎い俺は「へ〜そうなんだ」と思うしかない。だって彼は騎士団長なんだから。


「最後に君にアダマンタイトの棒をプレゼントしよう。幸運を祈っているよ」


 ケルッソさんはそう言うと、その場を去っていった。

 去り際に副団長のセリシャさんと目が合ったので、軽く会釈しておく。彼女はフンと鼻を鳴らすと、ケルッソさんと共に人混みの中に消えていった。


「セリシャさんは俺のことが嫌いみたいだな」


 セリシャさんは戸籍のない俺を贔屓しすぎだと思っているのだろう。その通りだ。俺もなんでこんなことになっているのか分からない。


 俺はケルッソさんに貰った小包を開く。

 そこに入っていたのはアダマンタイトの棒だった。

 スプーンじゃないから曲げられない。


「ケルッソさんも俺のこと嫌いなのかな」


 マイスプーンは間に合っているけど、それにしたって酷い。

 俺はケルッソさんに言われた通りに学園の中に入っていった。


 学園の中に入ると、綺麗な女の人に声をかけられた。


「暁ネンドウ様ですね」

「はい」

「実技試験の会場はこちらです」

「はい」


 多分セレシア学園の先生だろう。なんかコワ〜。


 先生に連れられて、会議室? 視聴覚室? のような無機質な部屋に連れられた。

 彼女の後についていく形で入室すると、貫禄のあるシワを刻んだ大人たちが俺を睨んでいた。


「暁ネンドウです。よろしくお願いします」


 声が面白いくらい震えた。

 歳を取った人間というのは、どうしてこんなに風格があるのだろう。なんかコワ〜どころじゃない。凄い怖い。


「ケルッソ騎士団長から話は聞いています。魔力を使わぬ魔法を操るとか……」

「貴方の魔法が本物であれば、我々は貴方を学園に入学させるつもりです。信じ難い話ではありますが、他ならぬ騎士団長の言伝ですからね……今から貴方にはその証明をしてもらいます」

「ギャハハ! おいガキ! オメーみたいな平民出身の人間を差別する貴族もいるがなぁ、気にするこたぁねぇ! この世界は実力主義! 悔しかったらテメーの力を見せて黙らせてみるんだな!」


 なんかヤバいモヒカン先生もいるけど、形容しがたい実力者の雰囲気を感じる。


 俺は無機質な部屋の中央に置かれた椅子に座り、長机の上で顔を並べる先生方と向かい合った。


「では、どうぞ」


 え? まだ心の準備が。


「どうしました? 試験時間は5分。時間は有限ですよ」


 確かに。

 だけど、スプーン曲げは5分間持たせられるような濃い内容じゃない……。


 本当に大丈夫なんですよね。

 信じてますよケルッソさん。


 俺は胸ポケットからスプーンを取り出す。

 アダマンタイト製じゃないが、この世界で固い部類に入るらしいミスリル製のスプーン。おひねりとして貰ったものだ。


 なんでこんな物があるんだよと疑問が浮かぶけど、元の世界でも金のスプーンが売られていたし案外普通なのかもしれない。


 俺は襟を正しながら、ミスリルのスプーンを身体の前面に持ってきた。


「こちらのスプーン、ミスリルで出来た一品でございます。そちらのモヒカンの先生、触って確かめてもらえますか」

「……ふむ。確かにミスリルのスプーンのようだ」

「はい。普通素手で曲げられるものではありませんよね。それではこのスプーンにごちゅうもにゅ」


 緊張のあまり噛みまくっているが、構うものか。

 モヒカン先生に素材を確かめてもらった後、俺は先生方に向けてスプーンを見せびらかす。


 そのまま眉間にグッと力を入れて、俺は唸り声を発し始めた。


「はぁぁぁぁぁぁ……ウッ!」


 そして気合いの声を上げる共に、スプーンの凹んだ部分にセレシア王国の国王であるゼネス・セレシアの横顔を刻みつけた。


「「「!?」」」


 突然スプーンのに現れた国王の精巧な肖像に驚愕する先生方。


 続いて、俺は考えてきた決めゼリフを添えた。


「セレシア王国万歳」


 俺の一声にぽかんとする先生たち。

 ……どうだ?


「す――」


 す? 殺「す」?


「素晴らしい……」

「騎士団長の発言は本当だったようだな。ネンドウ君、魔力を使わぬ多彩な金属操作……実に見事であった。キミは合格だ……我が学園の手本になるような学生を目指してくれたまえ」


 椅子から立ち上がった先生たちは、惜しみない拍手をしながら俺に握手を求めてきた。されるがままに握手して俺は笑みを浮かべる。


 どうやら彼らの琴線に触れたらしい。王様の顔を知っておいて良かったおかげで殺されずに済んだみたいだ。


「ククク……ネンドウ君の魔法で全員黙らされちまったな、おいガキ! やるじゃねぇか!」


 バシバシ背中を叩いてくるモヒカン先生。手荒ではあったが、俺を祝福してくれる気持ちは十分に伝わってくる。


「歓迎するぜェ……ようこそセレシア学園へ!」


 モヒカン先生が白い歯を剥き出しにして笑いかけてきて、いよいよ俺の学園生活が始まった。


 まず学園の寮への引越し。

 荷物なんてほとんど持ってなかったけど。


 その他、学園の制服や学生証、教科書諸々を頂いた。

 これで身分証明書ゲットだぜ。あっ文字読めない。


 寮室はバカデカリッチであった。ベッドはふかふか、勉強机やクローゼットが完備してあり、高級ホテルのよう。

 流石は大陸最高峰の魔剣学園。何から何まで至れり尽くせりだ。


 寮を見終わって入学式までやることが無くなったので、俺は中庭に出て寝っ転がった。

 そんな俺の元にケルッソさん達がやってくる。


「合格おめでとうネンドウ君」

「なんとか合格できましたよ」

「いやいや、君の力あってのことだ。まさかミスリルの表面にゼネス王の肖像を彫るとはな……。粋なことをしてくれるじゃないか」


 なんのこと?


「ミスリルやアダマンタイトの貴金類は悠久の時を経ても性質が変わらないと言う。そのような金属に王の姿を刻むことで、セレシア王並びに王国が礪山帯河でありますように……と。そういうことなんだろう? 素晴らしい心意気だよ!」


 ケルッソさん鋭いですね。実は狙ってました。


「ところでケルッソさん、後ろの女の子は?」

「ああ……セリシャ、紹介してくれ」

「はい」


 ケルッソさんの背後に控えたセリシャさん。更にその後ろ。セリシャさんとは違って、少し柔らかい雰囲気の女の子がいた。

 金髪赤眼。肩口で金の髪を結んでいて、常ににこやかな笑みをたたえているゆるふわ系女子。


 第一印象は優しそうな女の子だなぁって感じ。

 で、この子は誰? セリシャさんと少し似てるけど……。


「私の妹のルミエールだ。彼女が学園を案内してくれるから、ネンドウ君は仲良くしてやってくれ」

「ルミエール・ハーフストーンです。ネンドウさん、これからよろしくお願いします〜」


 えっ、君達姉妹なの?

 姉のセリシャさんはかっこいい系で、妹のルミエールさんが可愛い系だから気づかなかった。


「暁ネンドウです。ルミエールさん、よろしくね」

「うむ。同学年同士仲良くしてくれたまえ」


 しかも同学年! 友達になれそうで嬉しいかも。


 ケルッソさんとセリシャさんと別れて、ルミエールさんと2人きりになる。


 彼女はセレシア学園の中等部からエスカレーター式に進学してきたエリートらしい。俺のように入学試験を受ける者は男爵家や成り上がりの貴族出身が多んだとか。だからなんだよって話なんだけどね。


「ルミエールさんも新入生だよね? 学園内にはもう詳しいの?」

「わたくし、以前お姉様と学園内を歩いたことがありまして」

「へえ〜! セリシャさんと仲良いんだ?」

「はい。最近は忙しくてあまり会えませんが……わたくしはお姉様のことが大好きですよ?」


 言葉の節々から溢れる気品とふんわりした雰囲気。彼女が髪を撫でる度に風に乗ってくる甘い匂い。俺は貴族のオーラと可憐さに圧倒されていた。

 俺、髪ボサボサだし着こなしがイマイチだし……この学園じゃ肩身が狭くなりそうだ。


「ここが体育館ですよ〜」

「でっけ〜」


 学園内を案内してもらっていると、ふとルミエールさんがこんなことを口走る。


「ネンドウさんは唯一無二の魔法を買われてこの学園に入学したんですよね?」

「まぁそんな感じです」

「でも文字が読めないとも聞いてます」

「あっはい」

「ネンドウさんの魔法、筆記試験を免除されるほど凄い魔法なんですか?」


 ルミエールさんの雰囲気が少し剣呑になった。

 それはその通り。俺もそんな凄い魔法じゃないと思ってるよ。


「後で見せるよ」


 俺は学園を見回りながら、スプーンを寮室に置いてきたことを誤魔化した。

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