骨と筋肉
天西 照実
顔付骸骨の憂鬱
県立高校の昼休み。
ジャージ姿のバスケ部3年生が3人、校舎裏に座り込んでいる。
あまり真面目ではない部員たちだ。
体育館での昼練習をサボっているらしい。
それでも部分的に窮屈そうなジャージの中には、若々しい筋肉が見てとれる。
体格のいい3人は、ダルそうに宙を眺めていた。
その様子を、校舎の陰から見詰める少年がひとり。
学ラン姿の、痩せた一年生だ。
ジャージ姿の3年生を見詰めたまま、
「……良いなぁ、筋肉」
と、呟き、溜め息をつく。
春めいてきた3月。
学ランの少年は、白い綿の手袋をはめた両手を見下ろした。
アレルギー肌。そういう事にしている。
もう一度小さく溜め息を吐き出し、学ランの少年は校舎の陰を後にした。
乾いた風が流れていく。
西日が眩しい放課後になり、学ラン少年は鞄を片手に学校の裏門を出た。
部活に出る生徒が多く、裏門から離れると、生徒たちのざわめきもすぐに聞こえなくなる。
細い横道に入り、さらに狭い通路へ進む。
車の入れない裏通りだ。
「おい、お前」
突然、背後から声を掛けられた。
学ラン少年が振り返ると、ジャージ姿の3年生がついて来ていた。
昼休みにサボっていたバスケ部員のひとりだ。
「お前、昼休みにジロジロ見てただろ」
と、不機嫌そうに言った。
「え、あの……」
学ラン少年は目をパチパチさせる。
「昨日も見てただろ。その前も」
「す、すいません」
「先輩に向かって
「えっ、違いますよ」
近くまで歩み寄り、先輩は学ラン少年を見下ろした。
「じゃあ、なんだよ」
「その……筋肉が、羨ましくて」
「……は?」
意外な返答だったらしい。
先輩はわざとらしく一歩、大きく後ずさった。
「趣味か? そういう趣味なのか?」
「骨ガリって、よく言われるんです」
と、肩を落とす学ラン少年を、先輩は、
「ま、まだ高一だろ。すぐデカくなる」
と、励ましてくれた。
しかし、学ラン少年は俯いてしまう。
裏通りに射し込んでいた西日が、スッと陰った。
ブロック塀に囲まれた狭い空を、先輩が見上げる。
「なんか暗くなったな」
呑気に言う先輩が学ラン少年に目を戻すと、少年は学ランのボタンを外していた。
「大きくなれないんです……筋肉、つかないんですよ」
「いや、おい」
もう一歩下がろうとした先輩は、目を見張って硬直する。
少年の学ランの中は、骸骨だった。
首から上だけに皮膚のある、骨の身体だ。
「……なんだ、お前。そういうTシャツか?」
「本物の骨ですよ。首から上だけに生きた皮膚を持った、
「妖怪っ?」
「昔は斬首刑とかあったでしょ? その無念から生まれた妖怪です。普段は妖術で制服を膨らませてるんですけど、やっぱり本物の筋肉に憧れるんですよ」
淡々と少年は説明する。
「……」
「気持ち悪いですか? 怖いかな。悲しい妖怪なんですけどね。でも今は、学校生活を楽しんでるんです」
一方的に話すと、今度はポケットから太いボールペンを取り出した。
先端に付いた丸い石を先輩に向けると、
『記憶、消えるんるーん♪』
と、どこからか萌え萌えな声が聞こえた。
すぐに先輩の目が虚ろになった。
ゆっくりと踵を返し、学校への道を戻って行く。
その後ろ姿を眺めながら少年は、
「……良いなぁ、筋肉。いつか人間になりたい」
呟き、溜め息をついた。
人間に紛れ込んで生活する、少し変わった妖怪少年のお話でした。
骨と筋肉 天西 照実 @amanishi
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