学生ちゃんと学生くん。

夕藤さわな

第1話

 女がキレイに化粧をするのは男のためなんかじゃない。自分を好きでいるため。

 だから、男も早く気付けばいいのにと思う。体を鍛えて筋肉をつけるのは自分を大好きでいるため。女のためなんかじゃない。


 だというのに――。


「女の人って筋肉のある男がやっぱり好きなんでしょ?」


 そう言って筋肉を見せびらかしてくる男のなんと多いことか。大学のサークル飲みで私が何度、乾いた声で笑ったことか。

 夏が近づき暑くなってきて、薄着になってくるとなおのこと。


 真っ青な空に浮かぶ入道雲を窓越しに見つめて私はため息をついた。図書館の中はクーラーが効いてて涼しいけど外に出れば焼けるような陽射しにうだるような暑さ。汗でテカテカな筋肉がきっと目に痛い。

 いっそレポートが間に合わないからと言って今夜の飲み会はサボってしまおうか。そんなことを思いながらため息をついていると本に伸ばした指先が本とは違う何かに触れた。


「……あ、ごめん」


「わ、ごめんなさい!」


 隣を見るとメガネをかけたすらりと細身の男の子が私の方を見て困り顔をしていた。大学内の図書館なのだから私とたいして変わらない年令だろうについつい"男の子"と言いたくなってしまう雰囲気の子。

 そうそう、こういう子。こういう子が好みなんですよ、なんてオバチャンみたいにニヤニヤするのは我慢。キレイにお化粧した澄まし顔をキープだ。


「あの、この本ですか?」


「いえ、私はその隣の……」


「あ、そうなんですね。……よかった」


 同じ本に手を伸ばして、指が触れて、どっちが借りる借りないで譲り合って……てな感じで運命の恋が始まったりはしないかー。男の子の“よかった”という言葉含めてガッカリしながら私は目的の本に手を伸ばそうとして――。


「ちょっと待ってくださいね」


 そう言いながら男の子が伸ばした腕に釘付けになった。

 ちょっと高いところにある本。私ならつま先立ちしないと届かないけど男の子は腕を伸ばすだけ。

 ちょっと重たい本。私ならどうにか棚から引きずり出したあと、両手で受け止めないとだけど男の子は――彼は片手で軽々。“男の子”と言いたくなる雰囲気なのに重い本を受け止めるときに一瞬、腕に浮かんだ筋肉は男の人。

 なのに――。


「はい、どうぞ」


 そう言って本を差し出すときの笑顔は――。


「小嶋先生の授業ですよね? お互い、レポートがんばりましょうね」


 そう言って小さく手を振るようすはやっぱり男の子。

 貸出カウンターのある一階に向かう彼の背中を見送りながら、私は館内での電話禁止というは貼り紙を無視してスマホを耳に押し当てた。


「あの、今日の飲み会キャンセルで。レポートがんばらないとなんで」


 レポートなんてテキトーにやればいいんだよとかなんとか言ってる先輩の話をぶつりと切ったあと――。


「~~~っ」


 真っ赤になった顔を本で隠す。もちろん彼が取ってくれた本で、だ。

 同じ本に手を伸ばして、指が触れて、どっちが借りる借りないで譲り合って……てな感じで運命の恋が始まったりはしなかったけど。隣の本に手を伸ばして、指が触れて、同じゼミですよね、レポートがんばりましょうね……てな感じで運命の恋が始まったりはするかもしれない。


 きっと明日の私がキレイに化粧をするのは自分を好きでいるためと彼に大好きになってもらうため。

 でも、もしもいつか彼が私を好きになってくれて、自分と私のために体を鍛えて筋肉をつけるよと言い出したら私は全力で止めるだろう。


 そのままの――男の子で男の人な、そのままのあなたが好きだから。

 そのままでいて、と。

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