ある若者の言い訳

藤堂 有

ある若者の言い訳

 当時ものすごく流行っていたのだ。

 たるんだ身体から引き締まった身体へと見事変身を遂げた写真を上げた者達が、揃って『このゲームのおかげです!』とSNSに投稿して大バズりだったのだ。

 それを見て憧れたのは、俺だけではないはず。

 

 俺の話で恐縮だが、部署異動で趣味だったはずのロードバイクでの通勤が難しくなり、であれば仕事帰りにジムでも…と思ったが、コスパが悪くて続かなかった。

 ガチ勢ではないので大会に出るようなことはしてこなかったのだが、ロードバイクで通勤していたのは、身体にはかなり良かったらしい。

 通勤方法が変わってから、たるんでいる感覚があるし、身体が重いと感じるようになった。何より、縦にうっすら入っていたはずの腹筋が見えなくなっていた。絶望した。

 さすがにヤバい。元の体に戻りたい。

 そんな状態で見たのが、SNSでフィットネスゲームで引き締まった身体を手に入れた人々の写真だった。中には、しっかりとシックスパックに割れたこと喜ぶ男性もいて、俺は憧れを抱いた。

 もしかしたら、俺も縦筋どころではなく、シックスパックも目指せるかもしれない。

 俺はすぐに家電量販店でゲーム機本体とフィットネスゲームを買った。


 しかし、ご覧の惨状である。

 フィットネスゲームを最後に起動したのはいつの事だっただろう。記憶がない。

 このゲーム、サボらないようにアラーム機能がついているのだが、最初の頃はやらねばとすぐに身体が反応したものだった。

 しかし今やアラームが鳴ったところで、俺の尻が椅子から離れることはない。20分程でアラームは勝手にオフになるのを、スマホをいじりながら待っている。

 つまり、俺はゲームより通勤で運動するのが向いてるってことなんだと思った訳で──

 

 話を聞いた医師は、電子カルテに所見を入力すると患者に向き直った。

 「では、今すぐ通勤方法をロードバイクに戻せば良いんじゃないですか?」

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