君の筋肉は魅力的だけど筋肉で恋をしたわけじゃない
藤ともみ
君の筋肉は魅力的だけど筋肉で好きになったわけじゃない
今まで持ち上げられていた重量のバーベルが、持ち上げられなくなった。
バーベルだけじゃない。クランチもうまく行かないし、ランニングもタイムががくんと落ちて、身体に力が入らない。まるで身体中の筋肉がすべて衰えてしまったようだ。
今日はもうダメだと、着替えをして帰ろうとすると、民俗学の講義で見かけたことがある女子学生グループが、クスクス笑いながらこちらを見ていた。
「あんたの取り柄って筋肉くらいでしょ〜?それがこの体たらくじゃ、圭介くんに釣り合う女とは言えないんじゃない?」
「ねえ?それならアンタより筋肉少なくても、アタシたちのほうがよっぽど……!」
無視してジムをあとにした。普段ならあんなもの気にならないが、今日はどうに気分が落ち込む。
……たしかに、ミス・キャンパスのこともフッた圭介がどうしてアタシを選んだのかといえば、ミス・キャンパスや他の女子にはない筋肉くらいしか理由が思いつかない。アタシは話がおもしろいわけでもないし、お洒落なわけでもない。ただ身体が強いところ以外取り柄のないアタシを圭介はどう思うんだろう。
「ミヨちゃん、どうしたの」
声のしたほうを振り返ると、いつのまにか圭介が心配そうに自分の方を見ていた。いつも見慣れている彼の顔が、なんだか今日は直視できない。
「……ごめん、圭介。今のアタシ、情けなくて」
「え、本当にどうしたの」
「……アタシもう強くないかもしれない」
「はい?」
「急にバーベルが持ち上がらなくなって、走ってても身体が重いし……アタシの取り柄って筋肉くらいなのに、こんなんじゃ、あんたに」
不意に、身体を引き寄せられた。気がつけば、アタシは圭介の腕の中に抱きしめられていた。
「情けないとか、そんなこと全然ない」
いつもナヨナヨしている圭介の声が、力強い。
「それに俺、別にミヨちゃんが強いから好きになったわけじゃないからね」
「え……じゃあ、なんでアタシのこと好きになったんだ?」
「わかんない。強いて言うなら、理由はないかな」
圭介の声に苦笑が混じる。けれど、声は優しく頼もしかった。
「ミヨちゃんが今より筋肉が落ちても、嫌いになんてなるわけない。もしもこの先ミヨちゃんが綺麗じゃなくなったとしても、料理の腕が落ちてしまったとしても、たぶん僕はずっとミヨちゃんか好きだよ」
こいつアタシのこと綺麗で料理上手だと思ってたのか? 化粧はろくにしてないし、料理といってもアタシがつくるのは、SNSに映えるようなキラキラした料理じゃなくて茶色い煮物や炒め物ばかりだというのに。
「……ていうかミヨちゃん身体熱くない?」
圭介がアタシの額に手をあてた。
「うわっすごい熱だ!ミヨちゃん風邪ひいたのわからなかったの!?」
「は……?アタシ今まで風邪ひいたことなんて……」
「まさかの人生初の風邪!? いつもと調子が違う理由それだよ!!さあ早く帰って病院に行こう僕で良ければ朝まで布団のそばに付き添ってお粥作ってミヨちゃんにあ~んして、子守唄を歌いながらミヨちゃんの寝顔を堪能してアッ鼻血出ちゃった」
「気持ち悪い」
読者モデルにもなった顔面にグーパンチをお見舞いしたら、圭介はおとなしくなったが何故か嬉しそうにヘラヘラ笑っていた。
数日後、風邪を治したアタシは以前よりも重いバーベルがあげられるようになった。
外で待っていた圭介に、今日から手くらい繋いでやると言ったら真っ赤になって挙動不審になっていた。この前アタシを抱きしめたのは何だったんだ。
君の筋肉は魅力的だけど筋肉で恋をしたわけじゃない 藤ともみ @fuji_T0m0m1
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