ポータブル筋肉

仁科佐和子

第1話

「いらっしゃいませ! 当店の『ポータブル筋肉』について簡単にご説明させて頂きます」

 明るいガラス張りの店内に足を踏み入れると、店員は俺に椅子を勧めてきた。


「『ポータブル筋肉』は装着していただいた筋肉量に応じて力も強くなります。『子供の運動会でかっこよく走りたい方』はに。『引っ越しの手伝いを頼まれた方』にはの他、ぎっくり腰対策としてにも筋肉の装着をお勧めしています」


「全身用ってのはないのか?」


「各部位にそれぞれつけていただくことになりますが……」


「各部位のものを全部くれ!」


 家に帰った俺はさっそく生肉のようなポータブル筋肉を装着していく。

『シールを剥がして装着したい部位に貼りつけると、筋肉が次第に馴染んでいきます。取り外すときは専用のリムーバーを吹きかけてください。剥がしたポータブル筋肉は、もう使えませんのでご注意を』

 店員の説明を思い返しながら体中に筋肉をつけていく。体が一回り大きくなっていく。


「どうだ、この体なら!」


 総務部の二宮さんに俺は心を寄せていた。彼女の好みが『筋肉質な男』だと聞いた俺は全身筋肉の鎧を身にまとい、彼女を射止めることに成功した!


「ごめんね、別れてほしいの」

 だがしかし、3ヶ月ほどで彼女から別れを告げられた。


「彼女と付き合えないのなら、こんな体に意味などない!」 

 俺は体中にリムーバーを吹きかけた。


「ちくしょう、不良品じゃねぇか!」

 俺はショップに駆け込み苦情を申し立てた。


「どうなってんだ、外れねぇぞ!」

 ふられた腹いせに大声で怒鳴りつけると、ショップ店員は憐れむような視線を俺に投げかけてきた。


「リムーバーはにしか効かないんです。お客様、ポータブル筋肉を鍛えなかったでしょう? もう全部位になっちゃってます。これでは外れませんよ」


「なんだって!?」

 店のガラス戸には120キロを超えるブヨブヨの俺が映っていた。

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ポータブル筋肉 仁科佐和子 @sawako247

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