筋肉を使って村人に感謝された青年の話

洞貝 渉

筋肉を使って村人に感謝された青年の話

 村のみんなの役に立ちたい、と青年は願った。

 役立つために体を鍛え、性根をまっすぐに伸ばすよう、絶え間なく努力し続けた。


 そうして青年は、心優しく強靭な精神と肉体を持って成長した。

 村の有事の時にはいつもまっさきに駆け付け、どんな困難にも打ち勝ってきた。

 

 悪魔が青年に囁く。

 お前はもっと高い望みを持ってもいいんじゃないのか?

 こんな小さな村で使い潰されるのではなく、お前自身のためにその力を振るってみたいとは思わないのか?

 青年は首を横に振った。

 私は村の人たちの役に立つために毎日鍛錬してきました。

 そして今、村の人たちは私のことを認め、頼ってくれています。これ以上に何を望むというのでしょうか。


 なにを頼んでも嫌な顔一つしないでこなしてくれる青年のことを、村人たちは村の財産だと言う。悪魔はやれやれと肩をすくめどこかへ行ってしまった。


 入れ替わるように、村人たちの言葉を聞いた天使が血相を変えやって来て、青年に厳しく問いただした。

 あなたが村の財産というのは本当ですか。

 もしそうなら、あなたは村の財産を独り占めしているのではないですか?

 あなた一人が力を持ち続けるのは不平等だと思わないのですか?

 村の財産は、村全体で共有すべきだとは思わないのですか?

 青年は首を縦に振った。

 確かにその通りです。

 ですので、私は村のために尽力してきました。

 そして、これからも私は、私一人のためではなくみんなのために力をつくします。


 天使は村人を見回して、一人の老人を指さして言う。

 あの者は足が不自由ですね。

 なぜあなたの足の筋肉を分け与えようとは思わないのですか。

 天使は言うが否や、青年の足の筋肉をそっくり老人にやってしまった。


 筋肉で隆々に盛り上がる青年の足は瞬く間にやせ細り、立っていることすらできなくなった。

 代わりに、老人の足が筋肉で隆々に盛り上がり、老人は杖をかなぐり捨てて思うがまま嬉々として走り出し、あっという間に遠く見えなくなってしまった。

 呆然とする青年と、満足そうに老人の去った方を見つめる天使と、なにかを期待するように集まり始める村人たち。


 最近どうも腰がねえ……。

 あたしは肩が重くて重くて……。

 俺、前々からもっと胸板が厚かったらな、なんて思ってたんだよ……。

 お腹がぶよぶよなの、どうにかしたかったんだ……。

 腕ががっしりしてるの、かっこいいよなあ……。


 青年は今までなんの見返りもなく、ただ村のため尽力してきた。水路が壊れれば人一倍重労働を買って出たし、子どもが猛獣に襲われれば果敢に対峙して追い払った。災害から農作物を守るためとてつもない無茶もしたし、火が出れば真っ先に建物内に駆け込んで逃げ遅れた人々を救った。


 青年はそれらを成すために、日々鍛錬を怠らずに努力し続け、その結果手に入れた強靭な筋肉は今、見る影もなく切り分けられ、村人たちに分け与えられていった。


 村人たちは青年に、ありがとう! と感謝を告げて去って行く。

 天使も喜ぶ村人たちの様子に満足し、去った。

 あとに残ったのは、もはや自力では指一本動かす筋肉も残っていない青年と、いつの間にか戻ってきた悪魔だけ。


 悪魔は青年に囁く。

 お前はもっと高い望みを持ってもいいんじゃないのか?

 こんな小さな村で使い潰されるのではなく、お前自身のためにその力を振るってみたいとは思わないのか?

 首を振る筋肉も残っていない青年は、ただじっと悪魔のことを見つめていた。

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