小話 ガヴィの純粋なる疑問①「ぼく」


「アルカイヤ先生って、なんで自分のこと〝ぼく〟って呼ぶんです?」

「……それを聞いて、きみに何か得でもあるの?」

「まあ、特にありませんが。でも、気になって」

「……」


 頬杖をつきながらこちらを覗いてくるガヴィの碧眼を、アルカイヤはひたすらに無視する。しかし、いつまで経ってもその鬱陶しい視線は外されず。アルカイヤはいよいよ大きくため息を吐き出して、不機嫌な声を漏らした。


「……そもそも、大陸の標準語とやらは一人称が多すぎるんだ。鳥人語ちょうじんごは〝自分〟を呼称する一人称なんて一つしかなかった」

「ああ、そっか。今やほとんどの異人類いじんるいが大陸語喋ってますけど。そもそも先生は、鳥人類ちょうじんるい特有の言語をお話しになってたんですね」

「当然だ。今でも喋れる」

「流石は先生。いつか俺も鳥人語、ご教授いただきたいな——それで? なんで〝ぼく〟になったんです?」

「……」


 話を逸らそうとも、ガヴィは端正な微笑みを崩さぬまま、しつこく問うてくる。アルカイヤはしばらく黙り込むと、更に不機嫌そうに眉根を寄せながら、渋々といったように口を開いた。


「……兄弟子」

「はい?」

「ぼくは、大陸語をから教えられた。そいつは、本当に気に食わない腹の立つ腹黒男で……とにかく一刻も早く、兄弟子がいなくとも一人で話せるようになりたくて。その兄弟子の口調を真似して、自分で言葉を学んでゆくうち……自然とこうなったんだよ」


 アルカイヤの不機嫌極まりない声にも構わず。ガヴィは得心がいったように大きく声を漏らした。


「はは~なるほど! つまり、アルカイヤ先生のその口調も〝ぼく〟も。その兄弟子殿譲りってわけなんですね」

「その言い方、嫌だ。やめて」

「先生にも可愛いところあったんですね~。意外!」

「頭蓋を踏み抜かれたいの?」


 アルカイヤに鋭く睨みつけられて、ガヴィは慌てて両手を上げて見せながら宥めた。

 どうやらアルカイヤにとって、「兄弟子」という人物は相当因縁深い相手であり。禁句でもあるらしい。そんなことをガヴィは、密かに心に留めておくことにした。

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