深夜の散歩も悪くない~後は君次第~

黒木メイ

深夜の散歩も悪くない~後は君次第~

 今は何時だろうか。ぼんやりと時計を見つめる。

 すでに日付をまたいでいるのを確認して溜息を吐いた。

 ――――ああ、今日も眠れそうにない。


 スマホだけを手にしてスリッパに足を突っ込んで外に出た。

 こんな田舎じゃ泥棒も入ってこないかもしれないが鍵はかけておく。


 季節の変わり目だとはいえ、まだ肌寒い。上着くらいは羽織ってくるべきだったか。

 あてもなく歩き続ける。

 コンビニもビルもない田舎。その代わり田畑や森はたくさんある。

 外灯が少ないせいで足元は見づらいが懐中電灯替わりにスマホを持ってきた。

 都会にいた頃はこんな時間でも入れる店は多くて、時間も潰せた。

 でも、ここでは散歩くらいしかできない。

 まあ、深夜に出歩いても誰とも出くわさないのはいいところかもしれない。

 後、空気がいい。特に夜は深呼吸すると何だか浄化された気にさえなる。


 ふと想像した。

 もし、がここにいたらどんな反応をしただろうか。

『あなたと一緒なら何でも楽しいわ』

 いつだったかそう言って笑った彼女を思い出してちょっと感傷的になる。

 そんな彼女の手を放したのは自分だ。


 一ヶ月前、俺は上司が新人にセクハラをしているところを偶然見かけて注意をした。

 けれど、上司はそれを認めなかった。

 それどころか、俺がセクハラをしていたと告発した。

 俺はもちろん否定したが、それを証明することは出来ず左遷が決まった。


 俺は田舎に行く前に彼女に別れを切り出した。

 いつも明るい彼女がその時ばかりは真顔になっていた。

「それがあなたの答えなのね」

 そう言って去って行った。


 呆気ない終わりだった。

 本当は今も彼女のことを愛している。

 毎晩思い出してしまうくらいには。

 こうして深夜に散歩しながら彼女のことを考えていると年甲斐もなく目頭が熱くなる。

 なんて女々しいのだろうか。


「—————」


 名前を呼ばれた気がした。だが、振り向いても誰もいない。

 彼女のことばかり考えていたから空耳したのだろうか。

 はあ、溜息を吐く。


 そろそろ家に戻るか。

 きっと今夜こそ眠れるはず。

 そう思って身を翻した。


「え?」


 彼女がいた。

 そんなわけがないと目を擦る。

 けれど、どう見ても彼女だ。


 ドン!と胸に衝撃が走る。

 胸に飛び込んできた彼女を反射的に受け止める。


「どうして……」

 俺が呟くと彼女が鋭い視線を向けてくる。

「どうしてと言いたいのは私の方よ」

「うっ」

 心当たりがありすぎて言葉に詰まった。

「私を置いて行くなんてひどいじゃない」

 慌てて首を横に振った。

「いやいや、俺達は別れたはずだろう?!」

「私は認めてないわよ」

「そんなはず……あの時君は『それがあなたの答えなのね』って言って帰っていったじゃないか」

「私はあなたの答えを確かめただけで、別れることには同意していないわよ」


 そうだっただろうか。

 俺の早とちりだったのか?

 でも、どちらにしても俺達は別れるしかなかった。

 だって……そこまで考えて気づく。


「君、どうしてここにいるんだい」

「あなたを追いかけてきたから」

「それを君のお父さんが許すとは思えないけど……まさか君」

 じとっとした目で彼女を見れば、彼女はにやりと笑う。


「人の恋路に首をつっこむやつは馬に蹴られるっていうのは定石でしょ?」

 俺は額に手をやった。ポケットに入れていたスマホが鳴る。

 そのスマホの表示は彼女のお父さん……俺がいた本社の社長のものだった。

 電話にでるとあのいつも厳しい社長が必死に謝ってきた。

 時折ビシバシっと鞭打つような音と呻き声が聞こえてくる。

 ついでに彼女に似た女性の罵声も聞こえてくる。


「自業自得よ。後はお母さんに任せておけばいいから」

 そう言って彼女は俺のスマホの電源を落とした。

 俺はそれ以上追求するのは止めた。


 代わりに俺の身体に抱き着いたまま離れない彼女の身体を引き離す。

 不機嫌な顔を浮かべる彼女。その彼女の瞳には少しの不安が浮かんでいる。

 俺は彼女を安心させるために手を取った。


 本当は俺だって彼女と別れたくなかった。

 けれど、彼女の幸せのためだからと彼女の父親から言われて俺は自分の気持ちに蓋をした。


 おそらく、明日以降は忙しくなるだろう。

 だから、今晩くらいは彼女との時間を大切にしたい。


 自分から抱きつくのは平気な癖に俺が手を握っただけで赤面する彼女の顔を覗き込む。

 咄嗟に彼女が仰け反った。けれど、嫌がっている様子はない。

 そんな彼女を見ているとこみあげてくるものがある。

 それを全面に出してしまえば彼女は身の危険を感じて脱兎するだろう。

 だから、俺は無害な笑みに少しの情欲を混ぜて彼女に軽い口づけを落とした。


 夜が明けるにはまだまだ時間がある――――後は彼女次第。

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