29 公爵とルイ殿下


 そんなある日、王家の馬車が来た。乗っていたのはルイ王子だった。

「やあ、王太子殿下」

「まだ王太子じゃない」

 ルイはむすけて言う。どうしたんだ。隣にいるシャトレンヌ公爵にそのままの口調で問い質した。

「閣下、何をしておいでです」

「エイリークが来たからな、親子のスキンシップをとっていた所だ」

 僕の父親は相変わらずキラキラと明るい。


「国王陛下がお待ちしています」

「まだよかろう」

「魔境の方が落ち着きません」

「そうか。仕方がないなあ。いつまでも引き留める訳にも行くまい」

「え、引き留められていたの?」


「エリク、その手は何だ」

 ルイが睨んでいる。

 何って、公爵が僕の手を取って教えてくれている訳だが。いや、もう、手取り足取りだね。

「何って、父上に剣の稽古を──」

「これ見よがしに」

「いやいやいや」

 どうしたんだ、何だって言うんだ。

「剣の稽古ならつけてやるぞ、ルイ殿下」

 公爵がニコニコして言うと、

「お願いします」と素早いルイ殿下の返事だ。

 今、ルイ殿下の後ろにシッポが見えなかったか。パタパタと振っていたような気がするが。

 おお、嬉しそうに特訓を受けている。

「「「へええー、ほおおー」」」

「五月蠅い!」

 何故か赤くなって喚くルイ殿下。ほら、父上に一本取られた。


 後先になったけれどカール君を殿下に紹介する。

「ルイ殿下に紹介いたします。こちらカール君」

「君が。お初にお目にかかる、私はルイだ」

「はじめまして、カールです」

 名前だけか、まあ正式なものじゃないからなあ。

「ゆっくりしていくといい」

「はあ、ありがとうございます」

 カール君は年下だしまだ貫禄はないか。それにここはバルテル王国のシャトレンヌ公爵領だからなあ。



「エイリーク様」

 侍女カチヤとギードとゼップとクノが僕の所に説明に来る。

「魔王様とヴァンサン殿下から連絡を頂きまして、魔境はあらかた掃除が出来たようです」

「じゃあ僕は魔境に行く」

 そう言うとカチヤは頷いた。行ってもいいんだ。やっとヴァンサン殿下に会える。



「この導きの糸が指し示しているから、ボクも行く」

「じゃあ俺も」

「私も」

 カール君もニコラもジュールも一緒に行くという。

「危険なんだよ」

「我々でお守りします」

 魔族のギードたちが請け負ってくれた。

「そっか、ちょっとは強くなったし、大丈夫かな」

 そこでみんなで首を傾げるんじゃない。


 父上が僕の頭に手を置いて懇々と諭す。

「エイリーク。危険な事はしてはいけない。危険であれば引き返す勇気も必要だ」

「はい、父上。僕は……、私はきっとヴァンサン殿下を助けてみせます」

「はっは、その意気だ」

 頭をぐしゃぐしゃにされた。

「だが、無理はするな」

 公爵はその大きな手で僕の頭をポフポフと撫でてくれる。

「はい」

 僕はひとりじゃないもの。


「私は国王陛下に報告しよう」

 シャトレンヌ公爵はルイ殿下と伴に王都に行く。

「ルイ、頑張れよ」

 あの人、鈍感だから前途多難かな。

「人のこと言えないよな」

「なに?」

「何でもないよ。さあ行こう」

 僕は魔境に行く。みんなも来るという。

 いや、ここのシャトレンヌの兵士さんみんな強いし。鍛錬きついし、逃げたいよね。



  ***


 という訳で魔境に行きたいんだけど、どうすればいいんだろう。僕は一度魔王様に連れられて転移しただけで、魔王城しか行ったことはない。

「転移のゲートがございますので、そちらにご案内いたします」

 魔族のカチヤとギードが案内してくれるという。


 魔境には一旦こちらの大陸のゲートに転移して、そこから魔境のゲートに行くんだ。何かあるとゲートが封鎖されて往来が出来なくなる。大陸には契約を結んだ各国、魔境には二か所あるという。各ゲートには魔族の兵士が配備されている。

 今、転移のゲートを通れるということは、やっぱりあらかた片付いたんだろうな。転移のゲートは窓のない八角形の小さな建物の中で、二重に囲まれておりそこから扉を出て通路を歩いて行くと、3階建ての機能的な建物に着いた。


 僕たちを見ると兵士がサッと敬礼をした。ギードが前に出て敬礼を返す。どうもギードの方が上官のようだ。僕なんかに付いていていいのかな。

「ご苦労様です」

「ご苦労様!」

「馬車の用意が出来ておりますが、こちらで休憩を取ってお出かけください」

「分かった」

 ギードとカチヤら四人は別室に行って、僕らは豪華な休憩室に案内されてお茶の時間になった。


 出されたのはフルーツケーキとプリンアラモードだ。フルーツたっぷり。クリームたっぷり。コクのあるプリンに甘味と苦味のカラメルソースだ。

 いつか殿下と帝国のお屋敷で食べたっけ。もうずいぶん昔の事みたいだ。

 メロンも桃も苺も美味しい。アイスも乗っかっているし。

「これ美味しい」

「魔境って果物が濃厚で甘いな」

「甘いがむつこくなくて最高だ」

 うん、好評だと嬉しい。


 建物の中に馬車が用意されていて、魔族のカチヤやギード達と一緒に乗る。

 外に出ると馬車だまりみたいな広場があって、そこから各方面に街道が繋がっている。


 魔境の馬車は空ウミウシが引く。空ウミウシは低空を飛ぶカラフルな奴で、海にいるのは毒があるが、空のは毒のない種類だという。

 非常に低空、地上三十センチ程をヒレをぴらぴらと動かして馬車位の速度で飛ぶのだ。魔素が無いと生存できなくて野生種は魔境の森にしか棲息していないとか。

 このウミウシを馬車の車体の前後に取り付けたのが魔境の馬車だ。

 魔族の侍従さんが行きたい方面を指示すると街道に沿って走り出した。


「なんか面白いなー」

「揺れないし楽だね」

「寝るなよー」


「殿下からの知らせでは、強い奴はあらかた倒したそうなんだけど」

「どっちに行くんだ」

 カール君が磁石を取り出して方向を示す。

「こっち」

「え、そっちは誰も」

「こちらには川と河原があるだけですが」

 カチヤたちが言う。石っころだらけの河原で、真ん中を小さな川がくねくね曲がって流れていて辺りは低地が広がっている。雑木林がぽつぽつあって背の高い草がぼうぼう生えている、狩場には良さそうな場所だ。


「でも、こっちなんだ」

「じゃあ行くしかないのか」

 カール君の磁石は河原の方を指している。

 普通の馬車は街道から逸れないようになっているそうだけど、この馬車は御者のいうことを聞く特別製だそうだ。

「行ける所まで行ってみますか」

「そだね」

「こっちに何かある筈だ」

「分かりました」

 魔族の侍従ギードが空ウミウシに命令を出した。四匹にちゃんと命令を聞かせなくてはいけなくて、かなり力のある人でないと出来ないらしい。

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