28 わが父シャトレンヌ公爵
「ああ、国境の川だ」
「川を渡ってシャトレンヌ公爵領に行くんだろ」
「渡しは?」
「少し上流にある」
地図を開いてみんなで見る。
そこにドカンと爆発音がした。
馬車がグラグラと揺れる。
「わっ、何だ、どうしたんだ!」
後ろを見れば騎馬が数十騎追いかけて来る。
「追いかけて来たぞ」
もう一度ドカンと音がして馬車が揺れる。
「わっ、何処の兵だ?」
「メクレンブルク公爵家か?」
「いや、帝国の兵士だと思う」
カール君が後ろを振り返りながら答える。
「何でまた」
「今の皇太子は変なんだ。何かに誑かされている」
「この前聞いたアレか?」
ジュールが聞くアレって、兄弟が沢山殺されたっていう……。
「ボクも狙われているんだ」
うわあ、いよいよカール君にまで手を出すとか酷い。帝国は何処に行きたいんだ、何がしたいんだ。アラクネに操られて手も足も出ないのか。
ヴァンサン殿下が心配になって来る。
こうして話している間もどんどん攻撃が飛んで来る。
これは魔法じゃなくて魔道具の攻撃かな。
魔石に攻撃魔法を付与するのだが威力はそれ程でもない。
ヴァンサン殿下も言っていたけど、普通に攻撃魔法を唱えた方が威力が高い。
せいぜい足止めがいいところだ。詠唱しない分、早く攻撃できるし魔力が無くても攻撃できるけど、魔道具は高価だし、そうぼんぼん使えるもんじゃないし。攻撃魔法の力が強い奴は付与できないらしいし。
魔族の侍女カチヤが馬車の助手席から声をかけて来た。
「このまま行って下さい。我々が引き留めます」
「気を付けて、無事でいて」
カチヤはにこっと笑って馬車を飛び降りると、ギードとゼップとクノと一緒に追いかけて来た帝国兵の方に駆けて行った。
大丈夫なのか? 僕はどうすればいいんだろう。
「これは磁石だ。導きの糸を付与してある。ボクたちの行くべき所を指し示して導いてくれるだろう」
カール君が取り出した磁石はバルテル王国のシャトレンヌ公爵領の方角を指している。
「行こうか」
***
渡しに着いたら金の髪を靡かせた見知った人が待っていた。
「エイリーク!」
何と、シャトレンヌ公爵自身が船を仕立てて迎えに来てくれたのだった。
金色の髪を靡かせ、にこやかに笑って僕を抱き上げる。
彼の顔を見た途端、訳もなくもう大丈夫だと大船に乗ったような気持になった。
「僕たち帝国の兵たちから攻撃を受けて逃げて来たんだ」
「どのくらいの部隊だ?」
「えと、二十人ぐらいの騎馬兵です」
「間違いなく帝国兵なのか?」
「あれは帝国軍の国境警備兵の装備をしている。この河川に配備された隊のひとつだと思います」
カール君が報告する。王子様はそういう事まで把握していなければいけないのか。きっとカール君は出来る王子様なんだ。
「僕たちを警備してここまで一緒に来たヴァンサン殿下の屋敷にいる護衛や侍女が応戦に出ています。魔族と聞いていますが多勢に無勢なので心配です」
僕は公爵に訴える。力強く頷いて早速率いて来た人員を手配する公爵。
「そうか、魔族は強いと聞いているが、一応我々の隊を応援に出そう」
シャトレンヌ公爵は見るからに獰猛そうな一隊を選んで、応援に行くよう命じた。
「小さな小競り合いは何処でもある事だ。先に手を出した方が罪に問われる。今回は帝国側という訳だ、幸いな事にカール殿下という証人もいる事だし」
よくある事なのか。僕の父親は出来過ぎた人で僕は後継者としてどうなのか、ちょっと心配になる。
「メクレンブルク老公爵が知らせてくれたんだ。エイリークがこちらに来ると。ヴァンサン殿下に君の居場所を特定する魔道具を預かっていてね」
ああ、僕のお祖父様とヴァンサン殿下が心配してくれて──。
途端に殿下に会いたくなる。
「助けて下さい、魔境が大変なんだ」
「それは私ではどうにもならんな」
公爵の返事はあっさりしたものだったが、
「せめてお前を強くしてやろう」
ひえ、どうしてそうなるんだ。
「その方どもも、一緒に鍛えてくれよう」
「うおお?」
ニコラが変な声を上げる。嬉しいのか? 期待したのか?
天幕の中で待っていると、やがて派遣した一団が縛り上げた兵士を馬に積み上げて戻って来た。魔族の皆さんも一緒だ。
「君らを襲って来た帝国兵は、捕虜としてしばらくうちで預かろう。何、心配はいらん、仕事はいくらでもある」
公爵は早船を仕立ててくれていた。僕らは船に乗って、あっという間に対岸シャトレンヌ公爵領に着く。
「ようこそエイリーク。君の生まれた城だ」
見晴るかす台地の彼方に無骨なお城が見える。城と並んで城壁に囲まれた城下町がずっと広がっている。向こうに黒くけぶって見えるのは森だろうか。
僕はあの城で生まれたのか。
シャトレンヌ公爵の城には公爵家の強者が勢ぞろいして待ち構えていた。
「な、なんで」
「さあエイリーク。父自ら鍛えてあげよう」
「うぎゃ」
へっぴり腰の僕はカール君よりも弱い。
「剣はこう持って、そうそう。素振りだ、なかなか筋がいいぞ」
公爵自ら付きっ切りで教えてくれる。
この人、夜会の時と全然印象が違う。明るくてよく笑って爽やかで、ポンポン冗談が飛び出して。
「あのボクシングは面白かったな。明日は私とやってみよう」
え、本当にやるのか?
喜んでいるし。
公爵家の皆も喜んで見ているし。
「馬に乗りたい? よし、明日は遠乗りだ」
「今日は一緒にお風呂に入るか」
「洗ってあげよう」
「一緒に寝よう」
「可愛いなあ」
ニコニコニコ。
うっ……、
マドレーヌの気持ちが分かる。
この人、天性のタラシだ。
陽気で、明るくて、世話焼きで、親切で。その上、この輝くような笑顔。
罪作りな父でごめんよ。
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