27 襲撃


 ニコラとジュールとカール君はヒルデスハイムの公爵家のお城に足止めされた。僕の侍従と侍女も足止めされ、公爵家の馬車で公爵家の侍従が同行し、殿下モドキと僕だけが翌日別荘に向かった。別荘まで一日かかるという。


 湖の畔にある美しい別荘で、お祖父様とお祖母様は待っていた。

 優し気なお祖母様は水色の瞳。お茶の後、お母さんの肖像画を見せてもらった。お嫁に行く前の若い時の絵だ。


 絵の中のお母さんは僕と同じ位の歳だろうか。ちょっと澄ましていたけれど、長い水色の髪を両側でリボンで留めてゆるゆると流して、淡い水色の瞳が夢見るようで、とても美しい人だった。

「お前に似ている」

 殿下モドキが言う。よく出来た殿下だな。ちょっと泣きそうだよ。


 僕を庇って──、僕の所為で──、僕の為に──。

 お母さん、あなたは僕をお父さんに見せたかったの?

 僕、会ったよ。とても素敵な人だったよ。

 僕はこんな所で何をしているんだろうって思うんだけど、


「ああ、本当にあなたはフランセスによく似ているわ」

 そう言ってお祖母様は僕を抱きしめてくれたのだ。


 だから、僕はここに来るべきだったんだって思ったんだ。


 翌日、お祖父様が近くの丘を案内してくれた。そこは水色の花が咲き誇り、近くに湖があり水の色も青みがかっていて、とても美しい所だった。

「我々一族はこの地で生まれた。この水を飲み髪も目もこの色に染まった」

 昔からの言い伝えだという。

 神々の祝福を、精霊の祝福を我が一族に──。



 お祖父様と別れてしばらくは馬車は街道を走った。しかし段々街道をそれて、馬車がどんどん森の中に入って行く。賑やかなヒルデスハイムの街とは全然違う方角で、怖くて殿下モドキにしがみ付いた。

 ニコラ達とは明日合流することになっている。このまま拐われたら合流できないな。手紙を飛ばしたけれど、ピコも飛ばそうか。もう辺りは暗いし。

「ピコ」

『外ニイルゾ』

 ピコはばさりと飛んで馬車の外に出た。学校の寮でも、殿下の屋敷でも窓を開けた覚えはないけど、どうやって外に出ているんだろう。


 僕はここでもう排除されるんだろうか。暗い森は夜になって余計に真っ暗になった。その闇の中を馬車はガタゴトと進む。やがて少し広い場所に着いた。


「どうしたんだ。何でこんな所で止まるんだ」

 ドアを開けようとしたが開かない。どんどんと叩いたけれど誰も返事をしない。

 馬車の天井から何かが投げ込まれ、すぐに結界が張られた。

 何かの香料が広がる。毒じゃなさそうだし、麻痺でもなさそう。睡眠かしら。

「殿下―!!」

「エリク!」

 取り敢えず殿下モドキにくっ付くしかない。やっぱり眠くなってきたし。

「殿下、頑張るんだよ。きっと助けてあげるからね」

 殿下モドキは嬉しそうに僕を抱きしめる。しばらく一緒に居たので情が移っちゃった。核が無事でいたら、ちゃんと別人に作ってあげよう。

 僕も無事でいたらだけど……、そう思いながら瞼が落ちてしまった。



  ***


 気が付くとどこかの部屋の床に転がされていた。殿下モドキが居ない。上手く拐われたんだろうか。そうなると僕はここで退場するのかな。ヤバ……。


 部屋には誰も居なかった。そっと起きて、周りを見回す。窓のない部屋だ。部屋の中には何もない。隅に埃が溜まっているから使われていない部屋なのだろうか。

 ドアのノブを回してみたけれど、ドアは開かない。


(ピコはどこにいるんだろう?)

『呼ンダカ?』

 頭の中にピコのもそもそと重たい感じの声がした。

「ピコ!」

 壁の向こうからひょいとピコが侵入して来る。どういう風になっているのかな。

「ここから出られないかな」と聞くと、

『オマエハ、通リ抜ケ出来ナイ』と無情な返事だ。

「うーん」

 ここに居たら強制退場させられそうなんだけど。


 その時、ガチャリと音がしてドアがゆっくりと開いた。

 覗いた顔を見て驚く。

「レーヌ?」

「ここ私ん家なの。アンタが馬車から運び込まれるのが見えたんで、様子を見てたの。パパは馬鹿よ、グライツのいう事を聞くなんて、焦ってるんだわ」


 レーヌはじっと僕を見てから、胸を張って顔を横に向けて言った。

「私、アンタが気に入らなくて、いじめているんじゃないわ」

「え、そうなの?」

「そうよ、割と気に入っているんだからね。こっちよ」

「助けてくれるの?」

「当たり前でしょ」

 レーヌの当り前がどこにあるか分からないけれど、ここは素直に助かりたい。

「今ちょっと、みんな商会の方に行ってるの」


 レーヌはドアの外を窺ってから、人差し指を口に持って来て「しーっ!」と言うと手招きをして外に出た。慌ててレーヌの後を追いかける。

 迷路のように広い家の中を、時折立ち止まって様子を見ながら進んで、やがて裏口と思しきドアの前に着いた。


「ここよ、気を付けて行ってね」

「ありがとう」

 外に出たら何とかなるだろう。

「しかし、そっかー。大丈夫だよ、頑張れば。身分差を跳ね除けるんだ」

 レーヌはきっとカール君に好意を持っているんだな。僕が仲良くしていたから焼きもちを焼いたんだ。

「へ?」

「じゃあね、頑張るんだよ!」

 僕はそっと屋敷の外に出た。

(あいつ鈍感だって聞いていたけど、ホンマじゃん)

 なんてレーヌが思った事など僕は知らなかった。


 屋敷の外に出るとゴウッと風が吹いて、僕の身体を何かが掴んで持ち上げた。

「ピコ?」

『飛ブゾ』

「うわっ、高い」

 レーヌの広い屋敷が小さく見える。

「ニコラ達と合流したいんだけど」

『分カッタ』


 舞い上がっていたピコはやがて急降下する。怖いんだが。

 眼下の街道を二台の馬車が走っている。向こうに海、いや大きな川が見えた。

 あれがバルテル王国と帝国との国境の川だろうか。


 馬車が止まって乗っていた人々が降りて来る。

 ニコラ、ジュール、カール君。それに屋敷の侍従のギードと侍女のカチヤと、護衛兼御者のゼップとクノだ。

 彼らの前にピコが降ろしてくれた。

「エリク、無事だったんだな」と、ニコラ。

「良かったよ、どうなる事かと思ったが」

 ジュールは僕とピコを見る。

「大丈夫なのか?」

 カール君は心配性だ。

「うん、レーヌが逃がしてくれた」

「レーヌって、あのお前に難癖付ける女?」

「うん、どうも好きな奴がいてヤキモチ焼いたらしいんだよね。レーヌの家は例の商会なんだってさ」

 みんなが少し微妙な顔をしたんだけど、侍女のカチヤが急かした。

「馬車に乗って下さい、エイリーク様。川を越えればバルテル王国です」

「はーい」


 馬車の中でニコラ達の事を聞いた。

「俺ら向こうの屋敷に着いて、すぐ拘束されて部屋に押し込められて」

 うわあ、ニコラとジュールとカール君たちも大変だったんだな。

「エリクから手紙が来たんで、牢破りっていうか部屋を逃げ出したんだ」

「あんまり見張りがきつくなかったし」

「侍従のギードさんと侍女のカチヤさんと御者さん達が強くて」

 さすが魔族、強いんだな。

「馬車と馬を取り戻して、お城を出たんだ」


「で、別荘の方に向かっていたら、ピコが飛んできて」

「渡しの方へ行けって言うから向かっていたんだ」

「ところで殿下は?」

「殿下は魔界に行っちゃったんだ。こっちに来たのはホムンクルスなんだ」

 無事に拐われたし、もう喋ってもいいかな。

「えー、そうなんだ。何かちょっと変だなって思っていたんだ」

 ジュールもはっきり分かんないんだ。僕の作った殿下モドキは上出来だな。

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