21 詰んだ令嬢
ルイ殿下は言う。
「エリクはマドレーヌ嬢に似ている。似ていて気に喰わない。初めはそう思った」
騎士に捕縛されているマドレーヌを見る。
「だが私は間違っていた。あの時、エリクの部屋で本当のエリクを見た。水色の髪、水色の瞳、なのに──、風を感じる」
ルイ殿下はそこにいるシャトレンヌ公爵を見て目を閉じ、一つ頷いた。
「マドレーヌがエリクに似ているのだ。違うのだ。これは重要な事ではないか」
それで僕を攫って、ヴァンサン殿下と内緒の話をしたのか。シャトレンヌ公爵にあこがれているルイ殿下だからこそ、感じた事なんだろうか。
バサバサとピコが飛んできて僕の頭の上に止まる。
「きゃぴきゃぴ」
「ピコ、お前が一番活躍したよな」
白い霧の中で見た惨劇で、僕の双子の姉は死んだ。
「では、あなたは誰?」
俯いていた顔をあげて、僕の顔を真っ直ぐ見てマドレーヌは答えた。
「わたくしはシュヴァルツ将軍の子供よ。わたくしが一番出来が良かったからここに来たのよ。この国はわたくしのものになるのよ。そうじゃなきゃ生きていけないわ」
毅然として顔をあげて、マドレーヌ嬢はこの期に及んでも貴婦人だった。
「そうよ、あの男に言われて、わたくしは王妃の座を願ったわ。殿下を操り、国を操るつもりだった」
令嬢は隠し持っていた毒を煽った。ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
「「マドレーヌ!」」
シャトレンヌ公爵が令嬢を抱き起した。
「……」
令嬢は何かを言おうとして何も言えず、涙を一筋零してがっくりと息絶えた。
「どうして……?」
僕はお父さんとお母さん、お兄ちゃんたちに大事にされて育った。血が繋がっていなくても見た目が違っていても、そんなの関係なかった。
公爵も令嬢を大切にして育てただろうに、他の選択肢もあっただろうに、どうして? 何で死ななきゃいけない?
知らずに殿下の腕を掴んでいたんだろう、殿下が肩を引き寄せた。
「お前の父上はお前と同じで鈍感だな」
小さい声で言う。それはどういう意味だろう。僕は決して鈍感じゃないと思うんだけど。
「国王陛下のおなりです」
国王様が広間から出て来た。金髪碧眼の美丈夫はルイ王子にもヴァンサン王子にも似ている。自分の出番を間違えることも無く、てきぱきと処理を行う。
「済んだか。皆の者大儀であった」
最後にそう締めくくった。
その国王陛下が呼ぶ。
「ローズマリー」
ダレ?
国王陛下がちょいちょいと手招きすると、しょうがないわねとため息を吐きながら、魔王様が腕組をしてとことこと国王様の側に行く。
「何か用?」
ぞんざいな言葉だ。
「お茶でもしようか」
「私は忙しいのよ」
「よいではないか、よいではないか」
陛下は悪代官みたいに二度も繰り返した。手を繋いで王族のプライベートスペースの方に行ってしまう。
「陛下!」
慌てて宰相やら侍従長、近衛騎士らが追いかけて行く。
「父上の方が未練がありそうです」
ルイ殿下がヴァンサン殿下にこっそりと囁く。
「私は知らんぞ」
ヴァンサン殿下は嫌そうに横を向く。
多分、ヴァンサン殿下は魔王様に振り回されて、触らぬ神に祟りなしというスキルを習得したんだろう。いや、王様もアレな感じだし。ああ、不敬だな。
近衛騎士が近付いて来てルイ王子に報告をする。
「兄上、外は制圧しました」
「ああ、すごいな」
「マドレーヌ嬢は錯乱して巻き込まれたことに」
「そうだな。しばらくマドレーヌ嬢のことは伏せておこう。錯乱して怪我を負ったので屋敷で養生することになったと」
全て、あの帝国のシュヴァルツ将軍に押っ被せるようだ。
「分かりました」
「すまぬ」
シャトレンヌ公爵が礼を言う。
「念のために海側も確認しております」
「そうか。それよりルイ、頼んだぞ」
「はあ、本当に行ってしまわれるのですか?」
「時々帰って来るし、あっちにも行かねばならん」
「それではまた会えますね」
「ああ、手紙を出す」
「分かりました。お元気で。エリクも元気でな」
「はい」
僕がぺこりと頭を下げると軽く手を挙げて、あっさり別れる二人。
「エリク……、お前すごいな」
ヴァンサン殿下が僕を振り返る。
「──と、言うと思ったか、このバカたれが!」
ものすごく怖い顔だった。
「びやびやっ!」
ピコが僕の頭の上からバサバサと羽ばたいて逃げた。
「わーん、ごめんなさい」
「いいか、二度と勝手に余計な事をするな、分かったか!」
「はい、ごめんなさい。二度としません」
「どれだけ心配をかけたと思っているんだ」
がみがみがみ……。ヒック。
この急場をシャトレンヌ公爵が救ってくれた。
「エイリーク」
僕の側に来る。金の髪青い瞳のまだ十分に若々しい男だ。
「積もる話もあるが屋敷に来る時間はないか?」
「申し訳ございません」
殿下が謝ると公爵は息を吐いた。
「そうか」
「私は娘を愛せなかった。ずっと信じられなくて」
ちょっと暗い瞳だ。
「お前は生きていたのだな」
僕の顔をじっと見る。もう顔も髪もぐしゃぐしゃなのだけど、その髪に手を伸ばして触れる。
「髪も瞳もフランセスそっくりだな、無鉄砲で……」
子供に対する違和感。それは魔力のせいだろうか。記憶を上書きしない、違和感だけが大きくなる。違う、何故と──。
「どうして愛せないのか。私は冷たい男だ。そう思っていた。でも、お前は生きていたんだ。こんなに大きくなって、私と同じ魔力を纏って」
疾風の金獅子と呼ばれるこの人は、僕と同じ風の魔法が使えるのだ。
ヴァンサン殿下は独り言のように言う。
「私はマドレーヌ嬢に好きな人がいると分かった。それで、私は王太子にはならない、王位継承権をお返しして臣下に下る。だから婚約を白紙に戻して、その方と幸せになればよいと言った。だが彼女は首を横に振った」
「マドレーヌに?」
「彼女は思いを告げられない。知られてもいけない。彼女は詰んでいた」
思いを告げられない、知られてもいけないって、誰?
いるじゃないか。一番身近な人間が。
まだ十分に若々しい父親、シャトレンヌ公爵が。
ああ、そうなのか。マドレーヌ嬢は思いを告げられない。思っているのは、自分の父親とされている人だったのか。
自分は偽る身、告白すれば公爵の子供ではないと言っているようなものだ。それだけでは済まない。彼女は公爵夫人の指輪を持っていたのだ。
陰謀に加担したとして、育ててくれた公爵も巻き込んでしまうのか。詰んでいたのは公爵令嬢の方だったのか。
「これ以上は言えない」
「そうでしたか」
ため息の様な公爵の声。
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