20 森の中の惨劇
場所が変わった。ここは何処だ。森の中だ。
昼間なのに薄暗いのは雨のせいか。向こうに馬車がいる。騎士たちが守っているが少人数だ。
夜盗や乱波のなりをした者たちが、剣や槍を構えて囲んでいる。黒いマントの大男が手を振って、賊の群れが襲い掛かる。キン! カキン! と剣戟が鳴り響く。護衛の騎士がやられた。また一人。
「奥方様! お逃げ下さい!!」
「あーーん、あーーん」
乳母と小さな子供に兵士が襲い掛かる。阻止しようとした騎士に四方から賊が襲い掛かる。
「ぐああ!」
賊は止まらず乳母と小さな子供に襲い掛かった。
「マドレーヌ!」「アナイス!!」
水色の髪の女性が叫んだ。手には小さな子を抱きしめて。
「奥方様、逃げて……」
串刺しにされた乳母と小さな子供が血の海に倒れる。
「ああ……いや、誰か……」
大きな男が前にずいと出た。黒い髪黒い瞳。手に剣を持ち女性に詰め寄る。
「フランセス! 俺を裏切ったフランセス。その子を差し出せば許してやろう。さあ」
男が大きな手を差し出す。女性は首を横に振る。
「いやです!」
子供を抱いた女性は背を向けて逃げ出した。男は追いすがり女性の肩を掴んだ。
「いやあ!」
「子を寄越せ!」
「だめっ! エイリーク!」
子を殺そうとした剣を女性は背中で受け止めた。
「ああっ!」
背中から胸に貫いた剣、飛ぶ血飛沫。
「フランセス!」
子供を抱いたまま女性は足を前に出す。一歩、一歩。
「エイリーク……、助けてこの子を……水よ……たすけ……て……」
濃い霧が押し寄せて男は母子の姿を見失った。
「くそっ! フランセスを探せ!」
「フランセス!」
霧がゆっくりと晴れて行く。王宮の庭園に戻った。白い人はもういない。
真実はとても残酷だった。
「わああぁぁぁーーー!!」
こんな、こんな、こんな事が……。
イヤダ、イヤダ、イヤダーーー!!
気が付いたら男に向かって走り出していた。
「エリク!」
「何という事だ、フランセス」
公爵が愕然としたように声を絞り出した。
「お前なんか、お前なんか、ぶっ殺してやる!!」
「ふふはははーーー、お前はあん時のガキか、今度こそ死んでしまえっ!」
男が軽くエリクを捕まえる。
「くっそう」
「その子を離せ!」
ヴァンサン殿下が剣を手に叫ぶ。
「いや離さん。面白い。きさまらの目の前でこの子を切り刻んだらどうする」
大きな男はあくどい顔でニャリと笑う。本当に黒い将軍の名前がぴったりだな。
「許さん。そんな事をしてみろ、お前を捕らえて生きたまま地獄に突き落として、毎日毎晩、その責め苦を味わわせてやろう」
「ぐははは……! 面白い、やってみろ!」
「もうゆるさーん!!」
いやもうさっきからブチ切れまくりなんだけど。
「結界」
グシャ。
この結界は防音効果を無くして、その分防御を上げたものなんだ。
「なんだ、こいつ馬鹿か、二人で結界に入って何とする。そこで見てもらうのか。よい趣味だな、ぐわぁーははは……!!」
「拘束」
ボン!
投げたら将軍はひょいと避けて、踏ん付けた。
「フン、馬鹿がこんなモノ」
グシャ。
いや、馬鹿はお前だって。こっちがミスしたのにそっちがカバーすんなって。
白蛇の抜け殻と金属を混ぜて作った拘束具が男をぐるぐる巻きにする。男はそこに芋虫のように転がった。
「ぐああぁぁ、これは何だ」
「グローブ」
ポン! 僕の繊細な手じゃ大して殴れないだろう。
グローブをきゅこきゅこ手に嵌めて。
「よっしゃあ行くぞ」
ボカッ、ゴキッ、グシャ、ボコボコ!
シュヴァルツ将軍の顔めがけて殴った。
「エリク……」
ヴァンサン殿下の呆れたような声が聞こえるけど。
「参ったって言え。もう悪さしませんって言え。このくそ馬鹿! 僕のお母さんを自分の感情だけで殺して、許せないボカッ! 謝れ! お母さんに謝れ!」
「は、ふふ、はは、あーはははーー」
ふいに殿下の隣にいた公爵が笑い始めた。
「シャトレンヌ公?」
「いや、エイリークはいつもあんな風に駆けて」
「ええ、真っ先駆けて行きます、無鉄砲にも」
「ああ、そうだ。私と同じだ、風を纏って髪を靡かせて、真っ先にかけて行くんだ。速いのは風の魔力を身に纏うからだ。誰に教えられた訳でもない。私と同じ」
「何を恐れていたんだ、私は──」
唖然として殴られるままになっていた将軍が首を振って喚いた。
「き、きさまら何をしている! あいつらを殺せ!」
ボコボコにしたけどさすが帝国の将軍だ、僕の非力じゃ壊れもしない。その声で慌てたように男の率いた黒い軍団が、一斉に殿下と公爵めがけて襲い掛かった。
シュヴァルツ将軍は僕を睨みつけると、ぐいと首を後ろに引きグワンと僕に頭突きを食らわせた。グローブでガードするも、僕は後ろに吹っ飛んで、背中から結界にぶつかった。
「イタッ!」
見上げると将軍は立ち上がってフンッと身体に力を入れる。
ヤバイ、拘束が解ける。
気合と共に結束がバラバラになった。
「うへ、結界解除」
男はニャリと笑ってこぶしを握っている。ぐんっとこぶしを振り上げた。それが振り下ろされるまで待ちたくない。
「脱出」
僕の身体は転がったまま、シュタタタ! とヴァンサン殿下の許まで避難した。脱出場所を殿下の身体に指定していたんだ。
「エリク」
殿下が抱き起してくれる。
つかまって起き上がったけど、もうドレスがドロドロだ。
そして殿下の周りも公爵の周りも黒い軍団が囲んでいて、じりじりと詰め寄って来る。二人の動きが鈍いような気がする。
「アリアドネの糸!」
マドレーヌが叫んだ。
「さあ、お前も操り人形になるのよ!」
「こいつ」
アリアドネの糸が僕の身体に絡みついた。
だが僕には道具がある。それにこの糸の使い方を間違っているよ。
さっと差し出す使い込んだヘラは、僕の採集用に手放せない道具だ。
これで巻き取る。どんどん巻き取る。殿下の身体の糸も公爵の身体の糸も巻き取る。うへ、これで何を作ろうか。
そうだ、ついでに消臭玉をポイとマドレーヌに投げた。ボンッ。
「きゃあ」
氷とイッチの靄が出たけど、マドレーヌの正体は変わらなかった。少し呆然とした顔になっているけど。
「な、何この子」
「よっしゃ、アリアドネの糸、全部回収したな。使い方が違うよ。これは真実を見つける道筋に使うんだよ」
「エリク、ありがとう。後は任せろ」
「任せた」
殿下が黒い軍団に向き直る。残念ながら、僕には軍団をやっつける力はない。それにさっきの将軍との戦いでもうグテグテだ。邪魔しただけな気がするし。
そこに剣を引っ提げてシュヴァルツ将軍がやって来た。迫力があって怖い。
「きさまーー!!」
「待て、お前の相手は私だ」
公爵が出た。「疾風の金獅子」は伊達じゃない。
金獅子公爵が帝国のシュヴァルツ将軍の前に立ちはだかった。
「ほう、今度こそ決着をつけてやる」
言うが早いか振り下ろす剣。シュヴァルツ将軍の重い一撃を身軽にかわす金獅子。ガキンガキンとぶつかり合う音。
すごいな胸がどきどきわくわくする。
手に汗握って見ていると、後ろから殿下が感心したように言う。
「ほう、さすがだな」
後ろを見れば殿下はあらかた黒い軍団を倒し終えていた。
あんなにいたのにあっという間だな、全然見る間もなかったな。
向こうにルイ殿下の騎士がマドレーヌ嬢を捕獲している。女の子が真ん前にいるとやりにくかったのかな。騎士団がてきぱきと黒い軍団を縛り上げている。
「がああっ!」
シュヴァルツ将軍と金獅子の方も決着がついたようだ。
「もう遅い、帝国はこの国を侵略するのだ」
膝を折り手をついて負け惜しみのように言うが、
「そんな事はさせませんわ。この私の名に懸けて」
「母上」
魔王様がいい所を攫って行った。
「帝国の皇帝には母上と共にお会いして、ちゃんと話をつけてある。ルイがお前の引き連れてきたものは皆捕捉している」
「ぐぞぉぉーーぐはあ!」
シュヴァルツ将軍が断末魔の声を上げた。奥歯に毒を仕込んでいたのだ。
帝国のシュヴァルツ将軍の死を誰も何も言わずただ佇んで見ていた。人の心の恐ろしさ、心の奥の闇のおぞましさを。
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