19 王宮の夜会
夜会の日はあっという間に来た。
ヴァンサン殿下は、アクセントに瑠璃色と水色をあしらった白い騎士服を着て儀礼用の剣を佩き、プラチナブロンドの長い髪はいつものように後ろで一つに括って瑠璃色と水色の組み紐で結んでいる。
高い上背に騎士服がすごく似合ってかっこいいな。うらやましいな。僕もドレスじゃなくて騎士服の方がいいな。
「やあ、エリク。ものすごく綺麗だよ、とても似合っている」
僕の認識阻害はもう解除されていて、ヴァンサン殿下は僕の手を取って褒めてくれたけれど。
淡い水色の髪に七色のシフォンのドレス。襟元は白いシルクがシャンデリアに映えて七色に輝く。襟元と同じ生地のオペラグローブをはめると胸元がつつましやかに揺れる。うん、ちょっと頑張って作った僕の自慢のデコルテだ。
髪に散らしたパールは耳元に揺れるピアスと首を飾るネックレスとお揃い。ネックレスにはアクセントとして所々にラピスラズリがあしらってある。
ごてごてして重たくてキュウキュウ締められて歩きにくい。
「びゃびゃ」
ピコが頭に乗れなくてぐるぐる回る。殿下が手を伸ばしてピコを掴むと僕の髪の片側に花飾りのように乗せた。
「ピコ、大人しくしているんだよ」
「び」
賢い子だなあ。
コートを着て馬車に乗り込む。
王宮の夜会に向かう馬車の中、ヴァンサン殿下が爆弾発言をした。
「公爵の双子のもう一人の子は、名をエイリークという」
「え……」
霧の中、白い女の人は言った。
『エ……リ……ク……』
やっぱりと心のどこかが納得した。ギリギリまで黙っていたな。
「私はエイリークとともに夜会に出ると、皆に言ったんだ」
「皆って誰に?」
「公爵に言った。帝国にも言った。国王にも言った。ルイにも言った。マドレーヌにも言った。商会にも言った。さあどうなるか。最近エリクに染まってやけくそ気味ではあるな」
ホントにやけくそだね。弾けたのかな。
「まあ何とかなるだろう。そうだ大事な人を忘れていたな。アレも何かの役に立つだろう」
『何という言い草。ヴァン、助けてあげないわよ!』
殿下の周りで声がする。多分ピコの仲間が飛んでいるんだろう。
『『『そんな事はありません。いざという時は我々が控えておりますぞ!!』』』
魔境の方々の声もする。どこで見ているのか知らないけど、それはそれでやばいだろうと思う。
どいつもこいつも血の気が多い。人の事言えないけど。
* * *
王宮の夜会の会場の大広間に入った途端、ざわっとした後、静まり返った。
本来ならばヴァンサン殿下はマドレーヌ嬢をエスコートしなければいけない。それがどこの馬の骨とも知れぬ令嬢をエスコートして王宮の夜会に来たのだから。
ざわざわと会場がまた揺れ出した。
「あの令嬢はどちらの」
「マドレーヌ様に似ておいでのような、違うような……」
ひそひそと囁きが漏れる。
「ああ、あの方は!」
一人の御婦人が声をあげてざわめきは大きくなる。
「あれは、あの方はフランセス様に似ているわ」
フランセス?
「まあ、公爵様の奥方の?」
「そうですわ、あの淡い水色の髪、あの肌の色合い──」
「どういうことですの……?」
ざわざわと会場が揺れる。
その中をヴァンサン殿下にエスコートされて歩く。顔をあげて口角をあげてゆっくりと。さあ見てくれ、頑張った胸を。遠慮なくどうぞ。むふ。
「エリク、顔が崩れているぞ」
殿下が僕に顔を寄せて、柔らかく甘い引き込まれる様な微笑で囁く。
「はい」
悲鳴のような声が上がる。溜め息のようなものが会場のあちこちで漏れる。
扇を出して口元を隠して殿下に聞いた。
「今、何かした?」
「何も、さて来るぞ」
僕と殿下は姿勢を正して前を向く。
人の波が分かたれて公爵令嬢が現れた。
「ヴァンサン殿下、ご紹介していただけます?」
マドレーヌ嬢は金色の髪の男性にエスコートされている。
この人が多分「疾風の金獅子」ことシャトレンヌ公爵だろう。父親という感じじゃないな、まだ若々しい。
「こちらはお探しのエイリーク。いきなり連れて来て申し訳ない。シャトレンヌ公爵とその令嬢マドレーヌ嬢だ」
「お初にお目にかかります。エイリークでございます」
カーテシーをする僕に公爵は目を細める。ゆっくりと顔を上げると、目が見開かれ、息をするのも忘れたようにじっと穴のあくほど見つめた。
マドレーヌは公爵とエイリークを交互に見る。その顔が少し不安に揺れる。
「フランセス……」
公爵が声にならない微かな言葉を紡いだ。
その言葉にマドレーヌは顔をあげて公爵を見た。その顔が徐々に崩れて絶望に歪む。そしてキッと僕を睨みつけた。
「ヴァンサン殿下はあなたをエスコートするという。それならばわたくしはこの国を裏切ろう、すべてを裏切ろう」
公爵令嬢の豹変に、会場は蜂の巣の様な騒ぎになった。
でも、その言葉はヴァンサン殿下にすべてを押し付けるように聞こえるんだが。
違うんじゃないか──、と僕の心の声が叫ぶ。
「手に入らないのなら、いっそ殺してしまえばいい!」
マドレーヌは叫ぶように言った。そして身をひるがえしテラスに向かう。
「マドレーヌ」
シャトレンヌ公爵は驚いてマドレーヌを振り返る。
でもまあ一番最初に追いかけたのは僕だった。靴は中ヒールにしてもらったけれどドレスが邪魔で走りにくい事この上ない。
マドレーヌは庭園に出て、奥にある噴水の側まで行った。
そこから黒い影の一団が現れた。何人いるんだろう。王宮にこんなに曲者がいて大丈夫かな。大広間の方は近衛騎士が出て貴族を誘導しているようだ。
近付いてくる一団の先頭にいるのは、黒い髪、黒い瞳、黒い鎧のとてつもなく強そうな大男だ。
後ろから来た公爵が睨む。
「帝国のシュヴァルツ将軍か」
「エリク、後ろに下がれ!」
追いかけて来たヴァンサン殿下が叫ぶ。
「フランセス……?」
帝国のシュヴァルツ将軍が僕を見て驚いた声で呼びかけた。
その時、庭園の噴水から白い霧がブワッと盛り上がった。僕らの方に襲い掛かるように押し寄せて来る。
まるで包み込むように霧がどんどん濃くなる。どこに誰がいるのかも分からぬほどに。
「ぎゃっぎゃっ!」
ピコが僕の頭から飛びあがった。ぐるぐると僕の頭の周りを飛ぶのだ。
まるで何かを知らせるように。
「ぴぎゃああーー! ぎぃぃーー! ぎゃぁぁーー!」
霧の中から白い影が現れる。手を伸ばして近付いてくる。
『エ……リ……ク……』
ピコは白い影に向かって飛んでゆくと、その頭の上にばさりと下りた。
帝国のシュヴァルツ将軍、僕、ヴァンサン殿下、シャトレンヌ公爵、マドレーヌ嬢、そして白い影。
何を教えてくれるのか。何を見せてくれるのか。
「僕は何があったか知りたい。真実を見せて──!」
「ぎゃぎゃ」
羽根を広げピコの一つの目が見開かれる。
カッ!!
白い霧の中に映像が浮かび上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます