22 父と子


 庭園の暗い照明に浮かび上がる公爵の物憂そうな横顔。金色の髪を風がなぶる。

「あの頃、帝国の残党が無頼の徒を引き連れてあちこちで暴れて、私は忙しく駆けずり回って、フランセスをなかなか迎えに行けなかった」

 懺悔の様な告白。

「そんな時、公爵領に私が浮気しているという噂が流れたのだ。フランセスは迎えに行くという私の言葉も待たず、少人数で子供を連れ馬車に乗ったのだ」

 噂はシュヴァルツ将軍が流したらしい。公爵を足止めしたのも将軍か。

 そして惨劇へ──。


 知らせを聞いて公爵はすぐに奥方を迎えに出たが、行方が分からない。あいにくの雨で戦闘の跡もかき消されていた。

 帝国側にも密かに捜査を依頼したが何も見つからなかった。フランセスの両親は嘆き悲しみ自領に籠ったと聞く。


 フランセスを失ってさらに狂ったシュヴァルツ将軍は、公爵を憎むあまりマドレーヌの偽物を仕立て王国に送り込んだ。そして王国を滅ぼそうと皇帝に進言したが、帝国の皇帝は許さなかった。妄言を繰り返す将軍を別荘に謹慎させた。

 これに懲りた将軍は平静さを装い謹慎が解けるのを待った。そして謹慎が解けると、勝手に動いて後から了承されればよいと、狂気の将軍はそう考えた。

 そして自滅の道を突き進んだのだ。



  * * *  


 庭園は後片付けを終えて静かになった。見張りの兵はいるがそれもテラスの辺りで遠い。ヴァンサン殿下とシャトレンヌ公爵は二人でしばらく話し合っていたようだがやがてこちらを向いた。


 先に公爵が僕に向かって口を開く。

「ヴァンサン殿下から君の事を聞いた時、正直又かと思った。私の許には何人もの水色の髪の子供が連れて来られて、いい加減うんざりしていた」

 僕は小さい頃からよく攫われた。それってもしかして礼金目当てだったのか?

 それとも、帝国のあいつが……。


「それに、今更会うのが怖かった。もし本当に私の子供だとしたら、私は君を愛せるだろうか。娘を愛せなかった私が──」

 公爵も、いや、当事者の公爵こそが一番傷付いていた。


「しかし、君はフランセスそっくりで、私にもよく似ていて、疑う余地もためらう余地もなかった」


『愛しているわ、あなた。この子は水色の髪水色の瞳だけれど、風を纏って進むあなたに、とてもよく似ているわ──』



「フランセスが私に宛てた最後の手紙に書いていた」

 お母さんは僕を庇って死んだ。

「きっと君を私に見せたかったのだろう」

 僕は──、僕が──、僕のせいで──、そう思うんだけど。

「きっと今は、自慢げに胸を張っているんだろう」

 僕は僕を生んでくれたお母さんにも、このお父さんの公爵様にも感謝の言葉しかない。

「ありがとう」

「私こそありがとう。よくここまで来てくれた」

 僕はこの人の前でみっともなく泣くしか出来ないんだけど、彼はそっと、しかし力強く抱きしめてくれた。出来ればこの人みたいに、もうちょっと背が伸びて強くかっこよくなりたいと思った。



  * * *


「出来れば君には、私の子供エイリーク・ラファエル・シャトレンヌとして殿下と婚姻して欲しい」

「は?」

 こんいん……?

「無理にとは言わないが、どこの国でも後ろ盾があった方がいいと思う。平民というだけで蔑ろにされたり足元を見られることは多いのだ。もちろん私の方もそうしてもらえたら嬉しいのだが」

「僕は男ですが」

「必要な時だけ女装すればいいのではないか? 殿下と一緒に公爵家を継いでもらえればこの上ない。帝国では男同士でも子を作れると聞いたし」

「え?」

 子供……? 僕と公爵の会話は平行どころかねじれていて全く噛み合わない。


「よくご存知で」

 感心した殿下の声。

「私はやはり自分の血筋に跡を継いでもらいたい」

 公爵の言葉に殿下は頷いている。

「幸いな事に、本当に幸いな事にこの子は生きている」

 公爵の大きな手が僕の頭をポフポフと撫でる。

「ここまで育ててくれた君の両親にも感謝しかない」

 じっと僕を見て、痛いような泣き出したいような顔で笑う。

「この国ではまだ男同士では結婚できないが、君はもう貴族間で私とフランセスの子供と認知された。エイリークが生きていたとして私の子供としたい」


「もちろん帝国に留学して貰って構わない。その内こちらでも同性同士で結婚できる法律を作るよう国王に働きかけよう。そういう訳でよろしく頼む。式はマドレーヌの一周忌が明けてからでよいか?」

「やはりこちらで挙げなければならないか」

「ああ、派手にしたいと思うが、死んでしまった二人のマドレーヌの分も」

「僕はその──」

「わかった」

 僕が何か言う前に殿下が受けてしまった。

「では、国王陛下にそう報告しよう。婚姻は向こうでするのだろう。しばらくエイリークのことを五月蠅く聞かれるのだろうな」

「大変だな、こちらも気を付けよう」

「殿下に率直に打ち明けてもらってよかった。何も知らないままでは、私も拗れるしかない」

 二人で肩をすくめて、それからあっさり別れて行った。


「さて、行こうか」

 誰もいない庭園の隅に行くと、殿下は僕の身体に手を回して飛び上がった。

 バサッ!

「おわっ!」

 黒い翼が生えて暗い夜空に舞い上がる。王宮があっという間に遠ざかった。

 速い。

「このまま港に行くぞ」

「港?」

 僕の頭はこんがらがったままで、ただ猫のようにヴァンサン殿下にしがみ付いたまま、夜の闇の中を港に向かって運ばれた。

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