15 森の水場で


 久しぶりの家に帰ると家族総出で迎えてくれた。お父さんとお母さんの顔が少し引きつっている。

「こちらがヴァンさんとクレマンさんで、こっちが友人のニコラとジュール」

 紹介すると膝にもつきそうな勢いで頭を下げた。ヴァンサン殿下の事はどこかの貴族の子息と適当に言っただけで、素性をばらしてはいないけれど。


 今回もう一人、ノイラート商会のルックナー氏の秘書ルーマンさんが一緒に来ている。ジェルボールの製造販売の契約書を作るためだ。

 お父さんに紹介して話し合いになったけれど、取り分を折半にすると言うとお父さんが怒るんだ。

「エリク! 私はお前をそんな風に育てた覚えはない!」

「だって元々お父さんが作った物じゃないか! 僕はちょっと手を加えただけだよ」

「何を言う、とにかく私はそんなものは受け取らんぞ」

「お父さんがサインしなきゃあ宙に浮いたままになるよ」

「まあまあ」

 大げんかになった僕たちを宥めたのはルーマンさんだった。


「ご不満でしょうがここはひとつお父様の方が折れていただいて、後でいくらでも残されれば良いのですし、他にも色々あるようですのでそちらで配分すれば良いのでは」

 それで不承不承お父さんは折れたのだった。確かにお父さんはいろんな魔道具をずっと作り続けていて、その数は僕のちょろっと作った物の比じゃない。


 ルーマンさんはその後、お父さんとジョン兄ちゃんと一緒にお店の方に行って色々話して王都に帰って行った。



  * * *


 ジョン兄ちゃんの相手は可愛らしい人で、うちの隣に可愛い新居が出来ていて、そこに二人で住むという。

 結婚式は素敵だった。花嫁の白いドレス、教会の鐘、神父さんと愛し合う二人、投げられるブーケ、飛び交うお花。

「僕らもいつか相手を見つけて、こんな結婚式したいよね」

 そう言ったらニコラとジュールが固まって殿下はそっぽを向いた。


「あの、エリクのアレは天然?」

「その上手く行っていると思っていましたが……」

「誤解しているが説明できないのだ。上手くは行っている」

 殿下とニコラとジュールがこそこそと内緒話をしている。


 ヴァンサン殿下がクレマンさんと話しているのでジュールに聞く。

「何話してたの?」

「留学の事とかだよ。いつ頃になるのかなって」

「一緒に行くの? よかった。僕一人で行くのかと思ってた」

「お前聞いてないの?」

「何を? 留学の話は聞いてるけど詳しい事は聞いてないんだ」

「うーん」


「まあアレだ、そん時になったら何とかなるさ」

 ニコラが気楽に言って背中をバンバンと叩く。

「そうだね、エリクだし」

 ジュールも納得しているし。

「どういう意味だよ」


「ねえ、明日森に狩に行こうよ。トゲトゲスライムがいるんだ」

「強い魔獣が出たら嫌だけど、いないのかな」

 ジュールが少し心配そうに聞く。

「ヴァンサン殿下が一緒だから大丈夫じゃないかな。ジュールの探索があるし」

「ああそう、何も心配することないんだな」

 ニコラはちょっと首を傾けた。

「うん大丈夫だよ」

「意味分かってんのかね」

 ニコラとジュールが顔を見合わせる。

 何か奥歯に物の挟まったような言い方だな。



  * * *


 次の日、殿下の護衛のクレマンさんも来て、五人で森に入った。

 トゲトゲスライムは低木の広い葉っぱの裏に隠れている。割と小さな魔物で見逃しやすい。作物を荒らすくらいで人にはあまり害はない。殻も中身も使うので引っ張り出して別々の容器に入れるのだ。


 森の中に入ると少し薄暗くなる。暑い季節で汗ばんだ肌に少し冷気を帯びた風が心地よい。見上げれば木々の間から光が零れ落ちる。


 森の奥に入ると水場の方から白い霧が流れて来た。

「何かいる、エリク!」

 ジュールが叫んだ時には白い霧に包まれて、皆とはぐれて一人になっていた。



 ぼんやりとした何かが来る。霧の向こうから。

 白い影だ、手を伸ばして囁くように、

『エ……リ……ク……』

 霧が湧いて僕の周りは真っ白なのに、森の魔物か、精霊か。

 水場が呼んでる。何が──。

 オンディーヌ? 水の精霊?

『エ……リ……ク……』

 白い手が呼ぶ。冷たい霧が僕の周りを回り、冷たい手が伸びて来る。

『エ……リ……ク』

 白いものは僕の前に来て動きを止めた、冷たい手が頭を腕を撫でる。

『会いたかった、大きくなって……』

 遠い所から声とも溜め息ともつかない囁き。何だろう、涙が出る。

『もう行くわ、さよなら……』

 冷たい手がゆっくりと離れて行く。止められない。捕まえられない。


「待って、行かないで、あなたは誰──?」

 自分の声だけが虚しく響く。白い霧の中。水の音。冷たい頬。濡れているのは何のせい。僕はどうすればいいの。置いて行かないで。あなたは誰。僕は誰。


 ああ、そうだ。僕は誰なのか──。



「エリク、どうしたんだ」

 ふいに霧の中からヴァンサン殿下が現れた。

 あなたが僕を見つけてくれるのか。

「どうした、おいで」

 手を広げて、誰でもない僕を──。

 ゆっくりと震える手を伸ばす。その手を掴んで引き寄せた。

「こんなに冷えて」

 上着を脱いで着せかけて、僕を抱きしめる。

 ああ、温かい。


「エリク、大丈夫か?」

 ニコラ。

「寒いのか、ここから出るぞ」

 ジュール。

「あちらです」

 クレマンさん。

「君の両親に話を聞こう」

 ヴァンサン殿下。

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