16 生きている
両親はその話をすると涙ぐんだ。そしてお父さんがぽつぽつと話してくれた。
「子供の、赤子の泣き声が聞こえたような気がしたんだ」
「いつものように仲間と森に行ったが、私一人はぐれてしまった。
泣き声が聞こえる方へ行くと、小さな子供がいて」
「白いものがその周りにいて、私が子供を抱き上げると姿を消した。
子供は冷え切っていたので毛布に包んで温めて、そしたら元気よく泣きだして、連れて帰って、仲間の所に戻ったら、兄がお前の所に来たからお前の子だと」
「この辺りには伝説がある。水が子供を連れて来る。
水の子供は拾った奴のものだ。決して他の者に渡してはいけない。
育てればこの地に豊かな潤いを約束するだろう」
「子供は大事だ。なかなか育たない。うちも生まれたばかりの子供が死んで妻が泣き暮らしていたから、この子を見るともう離さなくて」
「水場でエリクと聞いたような気がしたので、その名前を付けて育てた。妻にも兄たちにも懐いて元気がいい素直な子に育った。あの子はほとんど裸で身の上を明かすような物は、何も身に着けていなかった」
「何年前だ?」と殿下が聞く。
「十六年前の秋も終わりの季節だった」
僕の誕生日は春の終わり頃とされて、もう十六歳になっている。
「小さな子だった。生まれて半年ぐらいだと思ったが、衰弱していたし、今思えば一年経っていたかもしれない。しばらくして元気になると、片言を話してちょこちょこと歩き回って」
「何を喋っていたんだ?」
「色々、自分の事はえりくと言った。ままんとは言ったがぱぱは言わなかった。誰かが探しに来るかと思ったが、誰も来なかった」
「もうひとつ、あにゃとよく言っていたわ」
お母さんが遠くを見るように話す。
「僕はお父さんとお母さんの子供だよね」
「ああそうだよ。そしてジョンとアベルはお前の兄だ。お前が何者であっても私たちはお前の家族だよ」
「ありがとう」
お父さんもお母さんもお兄ちゃんたちも僕を抱きしめてくれた。
「ありがとう」
それで僕は揺らいでいた自分の足元がしっかりとしたように感じたんだ。
* * *
「十六年前の秋の半ばの事だ」
殿下は帰りの馬車の中で語った。それは恐ろしい話だった。
その事件は一部の者しか知らない。公爵家の奥方が忽然と姿を消したのだ。
奥方は懐妊していて領地に戻り子供を産んだ。子供は双子だった。
双子のひとりが小さくてすぐには帰れなかった。
一年経って、奥方は王都に帰る途中で行方不明になった。
公爵はずっと子供と奥方を探していた。そして日照りの年に、領地の外れの森の湖に半分沈みかけた公爵家の馬車が発見された。遺体は見つからなかった。
それから一年足らず、森から少し離れた村で女の子が見つかった。
女の子は公爵家の母君の指輪を持っていた。
それが双子の片割れマドレーヌ。
僕はまだ生きている。
* * *
ニコラとジュールはそれぞれ男爵家と海辺の街の自分の家に帰った。あまり長居はしないですぐに王都に帰って来ると言っていた。
僕はヴァンサン殿下に連れられて王都に帰った。
僕が森の水場で発見されたのは、公爵家の奥方が行方不明になってから一月は経っていた。それまで赤子が一人で生きて行けるのか。
大体、公爵家の馬車が発見されたのは、シャトレンヌ公爵家の領地だった。バルテル王国の西方に広がる広大な領地で大きな川を渡れば帝国だった。僕の育ったルーセル地方は王国の南東の外れでかなり離れている。
事件とは関係ないと思うのが普通だ。
奥方は生きているのかいないのか。その時の付き添い、乳母、御者、護衛の騎士たち、誰一人として見つかっていない。
その時、何があったのか誰も知らない。
僕は殿下に願って、もう一度森の水場に行ったけど何者も現れなかった。
マドレーヌ嬢は生きているけれど、何も憶えていないと言ったという。小さな子供であってみれば当然だ。僕も小さな時の事なんて何も覚えていない。
お父さんにくっ付いて、お母さんに甘えて、お兄ちゃんたちのあとを追いかけて、僕は本当に甘えた人生を送っているな。
多分、水場で会ったあの白い女の人は僕の本当のお母さんだ。僕はあの女の人に生かされて、お父さんに託された。それだけは間違いない。
僕は誰かに殺されようとしたのか。そいつは今どうしているのか。
僕が生きていると知ったら、そいつはどうするのか。
ヤバイな。殿下が防御の魔道具をポンポンくれる訳だ。
僕も自衛の魔道具を作った方がいいな。取り敢えず、トゲトゲスライムと白蛇の抜け殻で『脱出』は作った。白蛇の抜け殻は『拘束』にも使えそう。お父さんが買ってくれた前の認識阻害の魔道具も貰ったから、分解して使おう。
そうだ、結界ももう少し強化しなくては。
それから、それから──。
そうだ、アフリマンだ! あれを、くれないかな。
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