第28話 惨めさを噛み締めてみる


 夫のいない惨めさを感じていた。それが、なんていうか、さらに自己嫌悪に繋がるのだけど。

 こればっかりは、いかんともしがたかった。

 だってこの状況は『可哀想』以外にないんだもの。

 実際、夫の死を知った人からは言われたし。というか、そう言うでしょうよ、私だって逆の立場だったらああなるもの。「お辛いですね」って。

 憐れまれる、のが、惨めに思える。のは、きっと私のプライドが高いせいなんだろうなって思った。

 いや、有り難いことだけど。同情してもらえたり、協力してもらえたり、気を使ってもらったり。分かってる。でも、なんだかな…………。

 モヤァッとするし、そんな自分も嫌だし、何より対応するのが面倒臭い。

 相手が想定している『可哀想で苦労している未亡人』のキャラクターを作らなきゃいけない(いや、しなくてもいいのかもだけど、憐れんでくる人はなんかここら辺もややこしい人が多い印象)のだから。

 ので、私は極力、自分が未亡人だってことを周囲に明かさなかった。シングルマザーになったってことも。

 でも、絶対に噂にされて広まっていることは、分かっていた。ただ自分から発信はしないことで、触れてくれるな、というスタンスを作った。

 実際のところ、仕事では上司と雇い主(店長)が知っていれば問題なしだったし、子供の学校も担任と学年主任が知っていれば良い(けど子供のケアの為にスクールカウンセラーをつけてくれたりと、気を使ってくれるのは本当に本当に有り難いこちだったんだけど)。

 ことさら吹聴することでもなく、ただ淡々と日々を積み重ねていくのに、夫の死を周りに伝える必要はほとんどなかった。

 のにも関わらず。やっぱり惨めさは感じた。

 一番顕著だったのが、スーパーで中年夫婦が一緒に買い物している姿を見た時。職場なので何組もの夫婦が買い物に来る。

 本当に本当に、羨ましかった。嫉妬した。同時に、夫と絶対にそうした風景になれないことが、惨めで堪らなかった。

 誰も悪くない。たぶん、私も。

 笑って接客して、帰りの車で涙が出た。それもまた、惨めだと思った。

 あぁ、惨めな人生だなぁって、自分を憐れんだ。

 これからずっと、私を一番に愛してくれた男を失って、愛する人のいない世界を生きていかなきゃならないんだなぁって。

 ミレーの描いた『落ち穂拾い』に漂う侘しさみたいに。『レ·ミゼラブル』のファンテーヌが『夢破れて』を歌うみたいに。

 惨めで情けなかったけど、同時に、これも私の人生だ、とは思った。

 平穏なほのぼのストーリーで生きていける人ばかりじゃない。こういう状況だって、起こりうる。

 さらにいえば、私は自分のこれまでの行いに胸を張れる生き方をしてきた。

 夫と恋に落ち、結婚してあの人を愛したこと。あの人の子供を産んだこと。我が子を心の底から可愛いと思い、あの子の健やかな成長を願い、精一杯子育てしてきていること。

 何一つ、私のなかで間違いでなく、それが誇りだと思えた。きっとこれは私のプライドだ。

 だからこそ、惨めさを噛み締めようと考えられた。

 私の人生は、夫に死なれて可哀想で惨めなものだ。そういう人生だ。だからなんだって言うんだ。

 夫が死んでからだって、子供と笑い会える時間があった。幸せを感じられることもあった。

 惨めな人生だからって、それが私の幸福を決定したりしない。

 幸、不幸を決めるのは、私自身の行いと、私の心だ。環境ではない。私はそれをちゃんと理解している。

 だから惨めさを噛み締めて味わった。

 私とあの子はきっと大丈夫、と、どこかで信じながら。

   









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