第26話 慣れと抵抗


 半年も過ぎると、夫のいないこの異世界にも慣れてくる。

 それがまた私を苦しめていたように思う。夫のことを忘れたいのか、忘れたくないのか、よく分からず、とにかくしんどかった。

 実は夫のパジャマと亡くなった当日の服を、ずっと洗濯できずにいた。夫の部屋も荷物も、全てがそのままだった。

 片付けようと試みたこともあった。けれど夫の気配がするものを手にすると、発作が出た。

 財布の中の、亡くなった前日に買ったお菓子のコンビニのレシートなんかを見てしまった日には。

「こんなに普通だったのに、何で」と泣き崩れて片付けどころではない。発作は、この時期が一番酷かったかもしれない。

 仕事場での過呼吸はどちらかといえば治まっていたのに、休日や帰宅後の気分の落ち込みはひどかった。

 不毛にも夫を待ってしまう私は、彼がいない生活に慣れてしまうのが、とても嫌だったんだと思う。

 きちんと自立した生活をしなくては、と思う一方で、薄れていく夫の存在に罪悪感を持った。

 何で死んじゃったのよぅ、という理不尽な怒りすら湧いてくることがあった。死にたくて死んだわけじゃない。もっと生きたかったのは、他でもないあの人だろうに。

 恋しかった。ただ会いたかった。

 その気持ちが薄れることの申し訳なさがあった。

 と同時に、早くこの生き地獄から逃れたいとも感じていた。

 頭が正常には働いていなかったんだろう。思考はあちらこちらに飛ぶし、情緒はめちゃくちゃ、正反対の感情が次々出てきて、しかもまったくとりとめなかった。

 早く時間が過ぎ去ればいいのにと思った。何もかもを忘れて、ぼんやりと生きたいとも思った。

 でも子供のこれからを考えなくてはいけないし。お金は稼がなくてはいけないし。洗濯や掃除、食事の用意もしなくてはならないし。

 ついでにお義父さんを病院につれていかないと、薬のセットもしないと。お義父さん死んじゃうし、とかとかとか。

 日々やらなければいけないことで溢れていて、それらをこなすことに慣れてきつつあって、でも夫のことを忘れることは悲しくて、だけど夫のことを思い出すのは辛くて。

 こうして書いていてもあの頃の感情の起伏は整理が難しい。

 それでも自分が悪い方へ流れていかないように、何かに抵抗していた気がする。慣れてしまう日常にも。

 いったい何と戦っていたのか、自分がどうなりたかったのか、後になっても解らない。

 それでも現状を打破したい。平穏に思える慣れてきた生活の中で、不毛にジタバタと足掻いていた。









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