第15話 墓には入れない
実は夫は墓に入れるつもりはなかった。と、いうか、墓がなくなることが決まっていた。
これはお葬式の時には、お義父さんと私のなかで決定事項だった。
分かりやすく表現すれば『墓仕舞い』をすると、お義父さんが言ったのだ。
ただ墓仕舞いというより、本来は引っ越しとするべきなのだが………ことは少々複雑なのだった。
そもそものお話。
夫のお祖父様が購入した、とあるお寺のお墓は、先祖代々のお墓ではない。うえに、購入したお祖父様自らが「この墓に入りたくない………」と訴えつつ亡くなったというエピソードがあったりするのだ。
これには、まぁ、なかなかにややこしい事情がある。
というのも、まずお祖父様とお祖母様の結婚がややこしいからで。
三人姉妹の長女だったお祖母様、家を絶やすわけにはいかないと、お祖父様を婿にとりました。一旦は受け入れたものの、婿の立場がどーしても我慢ならなかったお祖父様が、まさかの離婚。
それをお祖母様、どうしてもこの人と一緒がいいと、次女に家督を譲りお祖父様と再婚する。という、夫婦の愛情深い話しではあるのだが。
それは昔ならではのお話で、両家で話はついていたのに、と親戚が怒る(特に婿にとったお祖母様の家)。
結婚は許されたものの、墓はお祖母様家代々のお墓があるお寺の土地を購入する約束し、その通りにするものの………。
やっぱり我慢ならなくなったお祖父様が「故郷の墓に入りたい」と言い出す。が、さすがにこれは無理があった。というか、お寺が許さなかった。
優柔不断なお祖父様が悪いといえばそれまでなのだが。嘘か本当かは分からないものの、故郷のお寺に「そちらには移らせないからな」と圧力をかけたとか。この時もまた揉めたらしい。
なんとも人騒がせなお祖父様であるが、お義父さんは「故郷に帰りたかった」「あっちの墓に入りたいのに」との訴えを聞き続けていたようだ。
しかもお祖父様の実家、本家の跡取り(お祖父様の甥)が若くして早世してしまったのだから、なおさら辛い。
とりあえず、今はお祖父様の姪にあたる人が本家の墓を管理しているのだけれど、その人も嫁いでしまった身の上でこのままでは断絶してしまうそうだ。
それに加えて、お義父さんはかねてより、今のお寺を嫌っていた。
お祖父様の願いもあっただろうが、住職と馬があわなかったよう(かくいう私も苦手な人だった)。
夫(息子)の葬式でそのあわなさが如実となり、『墓仕舞い』の決断へと至ったわけである。
そんなわけでお義父さんの希望は最低でもお寺からの離檀&墓仕舞い。あわよくば、お祖父様の菩提寺へ移埋葬だった。
だが離檀はやはり大変だった。そもそもお義父さんは幾つもの病気を患っていて闘病中。どうしても私が矢面に立たなければならなかった。
住職は離檀は嫁が言い出したことだろうと、ずいぶん当たりが厳しかった。罵倒といってよい言葉が出てきた。
最終的に弁護士に駆け込もうと用意していたけれど、さいわいにしてそうなる前に墓仕舞いの方向性でまとまってくれた。
むしろ離檀前提だったからこその八つ当たりだったのかも? と、後になって思う。けれど、人に悪言憎言を吐く時は注意したいものだ、としみじみ思った。どう返ってくるか、わかったものではないから。
ただ、夫の遺骨が当分、家にいてくれるということは、素直に嬉しかった。
遺影や位牌はあったけれど、なんとなくあの人のよすがというか、残ったものが直接的にも遺骨で、私にはまだまだそれが必要だったから。
かつて夫だったもの。それが家の中にあるというのは、どこか安心できた。
たぶん、私はあの人に傍にいてほしかったんだと思う。正確には、そういう妄想が必要だった。
夫の魂はまだ家にいてくれている。そう思いたかった。
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