第14話 夫の遺したもの


 突然いなくなってしまったあの人のものが、私達の周りに溢れ返っていて、あの人のものだったはずのものが、私達のものになった。この事実に私はすごく戸惑った。

 相続なんかは、本当に本当に面倒臭い作業だった。前にも書いたのであまり書かないけれど、相続税のない範囲だった。

 そして生命保険。

 これが一番、しんどかった。

 振り込まれたお金を全額寄付したい気持ちになった。あの人の命と引き換えのお金というのが堪らなく辛かった。

 子供の為には絶対に必要なお金だった。理解していた。でもしんどかった。

 あのお金には手をつけず、進学費用として貯めておくと決めていたし、そうできるプランも確信もあった。奨学金なんて馬鹿らしいものを、子供に背負わせる気はない。

 そもそも私には、20年で一千万円計画というのが、子供の出産時からあった。妊娠が分かった時から計画し、コツコツと進めてきたそれは、もう10年以上遂行されていたので。子供の進学資金は早々に確保済みとなった。 

 別にこの事態を危惧していたわけでは絶対にない。全てにおいて用心深く生きてきて、それがここにきて幸運に働いたと思っている。

 幸運である。有難いことだ。…………夫が生きていてくれたら、もっと幸せだったろう、もっと上手くやれたかもとも、思うけど。

 ともかく、私自身が生きていくだけの生活費さえ捻出できれば、子供の進学資金はなんとかなると、早々に見通しがたったのは有り難かった。



 けれども、あの人が私達に遺したもののなかで一番貴重だったのは、実は人との繋がりだった。

 職場で倒れてしまったので、車は職場近くの駐車場に停めたまま。それを自宅まで運転してきてくれたのは夫の友人だった。

 夫の気のおけない友人達は、私達を本当に気遣ってくれた。

 私は常々、夫の人懐っこさや付き合いを長続きさせる能力について、尊敬の念を持ってきた。というのも、私が他者との繋がりがものすごく希薄なのだった。コミュニケーションが上手くとれないのだと思う。

 私の古い友人は「最初はすごく印象が良いし、良い子と思ってたけど、そのうちにコミュ障なんだって気づいた。で、ほどほどの距離感で慎重に付き合ってきた」そうだ。今でも大切で大好きな友人。

 夫は他人を惹きつけ和ませる不思議な人だった。けっこう酷いイタズラなんかをしても許されてしまうような、憎めない悪ガキの雰囲気といえばいいのか、愛される力だった。

 そんな夫を好きだった友人達が、私達に遺されて。

 もちろん、「俺が友達だったのは、あいつだから」と、はっきり私達との付き合いを断る人もいた。それはそれで、当たり前だと思う。というか、そうであるべきし、疎遠になっていくものだろう。

 実際に「本当に良いヤツだった…。力になるから何でも頼ってくれ」と涙ながらに語りながら、連絡がとれなくなる人もいた。

 ところが、本当に親身になってくれる人もいて、それがむしろ驚きだった。

 夫が私達に残したものの多くを使って、私と子供は毎日を生きていた。

 彼の人生を丸ごと食べちゃったみたいだなぁ、と、思ったりした。

 この結果はあの人にとって幸せだったのか、不幸だったのか。答えがきけたらなーと、あの頃はただただ考えていた。










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