第11話 仕事があるありがたさとしんどさ
私には扶養内とはいえ、仕事があった。
ごくごく普通のパート主婦。スーパーマーケットのお惣菜部門の、主にお弁当やらコロッケやらを売る仕事。
地域密着型のスーパーなわりに、社員の移動が多くて、私の上司も度々変わる職場だったが、夫が亡くなった時のチーフおよび店長はとても優しい人達だった。
働く時間を増やしたいと相談したら、二つ返事で本当に私に都合の良い契約に変更してくれた。おかげで私は社会保険証を取得することができたのだ。
折しも、社会保険を払う枠を大幅に増やし、政府は扶養内パート主婦を減らそうと躍起になっている頃だったのも、私にとってはむしろラッキーだった。
この時点で、夫の扶養を抜けて痛感していたこと。
それは国民健康保険が高額だということ!!
ちなみに、私は市民税非課税範囲の収入であったのだけれど、この税金、相続されるということを初めて知った。どれだけ私の収入が少なくても、夫が払う予定だった市民税は払わなくてはならないのだ。
まぁ、遺族一時金等や相続した財産があったりするので、当然なのかもしれない。
税金や健康保険、あと年金制度、これらは国のシステム、法だと分かっている。分かっているけれども、難しすぎて一般庶民にちっとも優しくできていないように感じられてしまう。頭が悪すぎて。
それは次に語るとして。ともかく月々に払う保険料の高額さに、比喩でなくクラっとした。年金とあわせるとかなりな金額。
これはいち早く社会保険に入らねば! となるのも当然。
逆に考えれば、この保険料の負担を会社が持ってくれているわけで。なんというか、システムを維持するためとはいえ、ものすごい搾取だなーなんて感じる。
が、私はしがない主婦、子育てしなきゃいけないので、全力で会社にぶら下がることにしている!
この事に関しても、つくづく私は運が良かったと後々に気付いた。運の良さや周りの人の助けというのが、人生においてかなり重要であるのは間違いない。
しかし、同時に知恵や知識もまた必要。私は子供と生き延びる為に、それらを取りこぼさないよう必死だった。同時に、致命的なミスを犯さないよう慎重だった。
夫の死後、一年は気を張ったままだった。いや、休ませてはいるのだけれど、生き延びる為の休憩であり、頭は二人の生活を安定させること策を考え続けていた。
私は昔から、感情の棚上げが上手かった。
例えば、忙しい親が誕生日を忘れていたりする。普通に悲しい。けれど、笑って親に「忙しいんだからしょうがないよ」と言える子供だった。
綺麗事を顔面に貼り付けられる能力があった。親からは「優しい子」の称号を得たし、学校では「真面目な生徒」だった。
接客業に向いているような、そうでないような能力だと思っている。
私はとにかくお客様から声をかけられる。近くに品出しをしているレジ打ちのチェッカーさんがいるのに、コック服を着ている私にジャムやスパイスの場所を聞いてくる。
観察していると分かるのだが、お客様から尋ねられやすい店員とそうでない店員が存在する。共通するのが、雰囲気が柔らかというか、気軽さを感じられる、というものだ。マスクで顔が半分見えないにも関わらず。
この気安い雰囲気というのが私は得意というか、相手に舐められる能力がある。
よく私は『怒らない人』とか『強くて優しい人』という誤解を受ける。実際は短気だし、ネガティブだし、人並みに傷つくけれど。
表面上に現れにくい、感情の棚上げが異様に上手いが為に、周囲の人にそう感じさせていることを知っているし、私もこの能力を活用していた。
だから私は仕事中、感情を棚上げした。そもそも、夫が死んだことをほとんどの同僚には知らせなかった。いつも通り仕事をし、おしゃべりをし、接客をし、笑顔で「いらっしゃいませ」と言えた。
ただ家族連れを見ると過呼吸を起こし、バックヤードにこっそり駆け込んだ。目の前に斑点が浮かんで立てなくなることもあった。
仲の良さそうな老夫婦は羨ましくて堪らなかった。父親と子供が買い物している姿なんて見たくなかった。家族連れの買い物客、全員が恨めしかった。
けれど、そんな私の感情は、店には何の関係もない。
上司も同僚も、ましてや買い物に来ているお客には、私の辛さなど、微塵も関わりなく、八つ当たりされていい道理はない。
私は綺麗事を棚に並べて、合理的でスマートと考えられる行動をとるようにした。対、外面で。
だから家では本当に手抜きをした。掃除をしなかったり、料理をサボったりする自分を許した。それでも、棚上げしたものは後々に落ちてきて、私を苦しめたけれど。
仕事は続けた。続けることができた。精神面を保たせる努力の結果だと自分で自分を誉めてみる。私はよくやった、頑張ったと。
事情がバレてしまった人が言った「貴方は強いのね」という言葉に発狂せずにいられたのは、その人が言っている強さの証明なのかもしれない。
けれど辛かった。売り場に出たくないと座り込んだ。目眩でふらついた日もあった。笑顔がひきつる時も、声がかすれることもあった。
貴方は強いから。なんて言葉を言われたくはない。
家で布団をかぶり、絶叫した日々は、本当に辛かったのだから。それを『強さ』があったから、なんて言葉で片付けたくはない。
仕事があって稼げる環境は有り難かった。忙しくしていたことで、救われることもあったと思う。けれど、辛かった。
あのしんどい日々を乗りきった自分を、素直に褒めたい。
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