諜報員は隙がない。 ――深夜の散歩編
猫屋 寝子
深夜の散歩にて
その日、スパイ一家の第1子
近所の小さな公園まで来た輝は、少し夜風にあたろうとその敷地内へ足を踏み入れる。そして奥の方に先客がいることに気付いた。
「これが例のブツだ。狙う客層はヤンチャしてそうな若い男女、もしくは疲れ果てたような中年。それぞれの対応の仕方はマニュアルに書いてある通り。分かったな?」
「は、はい。これだけで数万円になるなんて、怖いですね……」
「絶対になくすなよ」
「も、もちろんです」
ヒソヒソと聞こえた声に、輝は眉をひそめる。どうやら、深夜の公園で麻薬売買組織のやり取りが行われているらしい。先程の声色的に男2人か。
一応警察官である輝は放っておくこともできず、声をかけようと2人の方へと歩を進める。
その時――。
背後から空気が動く気配がして、輝は反射的に右へずれた。風をきる音が聞こえ、先程まで輝がいたところに鉄パイプが大きな音を立てて打ち付けられる。
「危ないじゃないですか」
輝はそう笑うと、後ろを振り向いた。そこには鉄パイプを持った若い男性の姿がある。男性は舌打ちをすると、薄ら笑いを浮かべた。
「お兄さん、こんな夜中に散歩は危ないっすよ。見ちゃいけないもの見ちゃうかもしれませんからねぇ」
「麻薬取引現場とかですか?」
平然と答える輝に、男性は面白くなさそうに顔を歪める。
「分かってんなら、自分がどんな状況に置かれているのか分かるよなぁ?」
輝は横目で周囲を見渡す。気がつけば先程麻薬のやり取りをしていた2人も加わって、男性の仲間であろう者達に囲まれていた。
――前の男を合わせて5人か。
輝はニコリと笑う。
「あなた達の方こそ、誰に喧嘩を売っているのか分かっているんですか?」
男性は再び舌打ちをすると、鉄パイプを持って輝に襲いかかった。それを合図に、周囲で囲んでいた輩も同時に襲いかかってくる。
そんな状況でも、輝は冷静だった。任務の方が危険でハラハラする。訓練を積んだわけでもない者達から襲われても、なんら問題はなかった。
輝は目の前の男性からの鉄パイプを左に避けると、背後に回り首に手刀で攻撃をする。男性が気を失ったことを確認すると、服を掴んできた者を投げ飛ばす。思い切り背中を打ったようで、苦しそうにもがいていた。
それから同じようなことを数回繰り返して、気付けばあっという間に5人全員が地面にのびていた。輝は警察に連絡すると、5人の近くで屈み込むと、冷めた目をして言う。
「麻薬の売買組織だかなんだか知らないけど、迷惑だからやめてくれるかな。麻薬使用者の体が壊れるのは正直自業自得だからどうでもいいんだけどさ、麻薬を使ったことで他の犯罪を犯すのは困るんだ。もしその犯罪でうちの家族に害が出たらと思うと不快でね。そんなことになったら、犯人だけじゃなく麻薬を売った奴らも一緒に裁くことになる。今回のような甘い裁きでは済まないよ。それが怖かったら、二度とこんなことに手を染めないように」
5人のうち、意識のある者はその言葉に背筋を凍らせた。輝の言っている言葉が冗談ではなく、本気だと分かったからだ。
輝はその様子に満足して立ち上がった。周囲を見渡すと、ちょうど応援の警察官が到着したようだ。
輝はいつもの笑顔を浮かべ、警察官に事情を説明する。そして5人がパトカーに連れて行かれるのを見ながら、ため息を吐いた。
――深夜の散歩で、まさか仕事をすることになるとは。
パトカーも去り公園に静寂が戻ると、輝は大きく伸びをして帰路に向かう。面倒事があったが、家族への危険が1つ減ったと思えばいい。
輝は自宅で寝ているであろう3人の家族の顔を浮かべながら、柔らかな笑みを浮かべたのであった。
諜報員は隙がない。 ――深夜の散歩編 猫屋 寝子 @kotoraneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます