☆KAC20234☆ 星が瞬く夜空の下で (桜井と瀬田③)

彩霞

何と言うこともない会話

 時刻は午前0時過ぎ。上を見上げると、月明かりのない真っ黒な空に、きらきらと小さな星が瞬いている。


「遅くなっちゃったな」

 瀬田大樹は自転車を引きながら、隣を歩く桜井雄一に言った。彼は「そうですね」と、自転車のカラカラという音を聞きながら頷く。


 瀬田と背を並べて歩くことになったのは、バイトが長引いてしまったせいである。本当は午後9時頃に帰れたが、今日は人手が足りないからと掃除の手伝いに駆り出され、帰宅時間が深夜になってしまったのだ。


 瀬田は「チーフは人使いが荒いよな」とか、「大変だったー」とため息まじりに話す。確かに仕事は大変だったが、雄一は自分が人々のなかで当たり前に働けていることが奇跡のように思えるせいか、労働量が増えても特に気にならなかった。

 しかし、瀬田がこんな風に愚痴をこぼすのも滅多にないので、雄一は、うん、うんと相槌を打ち、少しでも気持ちが楽になったらいいなと思いながら聞いていた。


「桜井はさ」

 急に自分の名前を呼ばれて、雄一はドキリとする。何か失礼なことを言っただろうか。

「話を聞くのが上手いね」


 雄一は思わず「え⁉」と大きい声を出し、瀬田を見た。自分を褒めてくれる人は、家族と先生以外にいなかったので驚いてしまったのだ。

 だが雄一はすぐにはっとして顔を背ける。人目を気にしてマスクはしているが、それでもこの顔を向けられるのは嫌だろうなと思った。

 しかし、顔を背けた後にそれはそれで失礼だったのではないかと反省する。雄一は内心あたふたしていたが、瀬田は雄一を見た後、気にした風もなくこう言った。


「聞いてくれてありがとな」


 暗くて表情はよく見えなかったが、声を聞けば明るく笑っていることは分かった。何故瀬田は、優しい言葉を当たり前にくれるのだろう。

 雄一は心が温かなもので満たされていくのを感じながら、「僕でよかったら、いつでも聞きます」と答えるのだった。


 


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