誕生日
妹
第1話
夜の十一時半。夜道は静かだった。誰ともすれ違い夜道をひとりで歩く。春が近いけれどこの時間まだ寒かった。女ひとりで出歩くのは危ない時間だけどそんなことは知らん。
夜勤が終わって寝て起きたらこの時間だった。
今日は私の誕生日だ。それがあと三十分で終わる。LINEの通知はなかった。大学を出てひとりで来たこの街にこの時間に会いにいけるような友達もいない。祝ってくれたのはツイッターだけだ。風船が虚しく飛んでいた。
誰かにお誕生日おめでとうと言って欲しかった。だから外に出た。
あてはなかった。だからコンビニに流れ着いた。近所のコンビニ。よく来るけれどこの時間に来るのは初めてだった。きっと夜中でも私を受けれてくれる唯一の場所だ。
地元にいたときは夜中にコンビニ前でたむろするヤンキーたちを内心馬鹿にしていたけれど、今同じことをやっている自分に笑えてくる。いや、ヤンキーたちはきっと誕生日をお祝いしてくれる誰かがいるだろう。彼らは家族や友達を大切にしそうだ。こうやって誰かを見下しているから誰からも誕生日を祝ってもらえないのだ。
店内には店員がひとりいるだけだった。この時間に女の人がひとりなのは珍しい。金髪で髪の長い女の人だった。頭頂部がプリン髪になっていて、ドンキとかでよく見る感じ。あ、また他人を馬鹿にしてしまった。終わってる。
他に客はいないし、特に買いたいものもない。コンビニの中をぐるりと一周して、なにも持たずにレジに行く。
「ホットコーヒーのSください」
「は~い」
店員さんは気だるげに返事をして紙コップをレジ台の上に置く。
言われるがままにお金を払い、コーヒーマシンに紙コップをセットしてボタンを押す。コーヒーマシンがガーガーとうるさい。
ふと顔をあげると店内の時計が目に入った。十一時五十分。あと十分で誕生日が終わる。
「あの!」
思わず声が出てしまった。
「なんですかぁ?」
「私、今日誕生日なんですけど、その誰にもお祝いされてなくて。だからそのですね。おめでとうって言ってくれませんか?」
もう私は後悔をしていた。初対面のコンビニの店員さんに私はなにを言っているのだろう。コーヒーマシンで店員さんの姿が見えないのが唯一の救いだ。
案の定、店員さんは「あー」と困ったような声を出すだけ。
私はコーヒーマシンからコーヒーを取り早足で店を出る。もうこのコンビニは使えない。
店を出てすぐ「おい!」と呼び止められ、反射的に足を止めてしまった。
きっとあの店員さんだ。足を止めた以上、無視して立ち去ることもできない。
私は恐る恐る振り返る。そこにはやっぱり店員さんがいた。
「おめたん~」
店員さんはそう言って私になにかを差し出した。それはおでんの入れ物だった。
「もうこれしか残ってなくてぇ」
「あ、ありがとう……ございます」
なんとか声を絞り出す。
「は~い」
店員さんは早足でコンビニに戻っていく。その後姿を私は右手のホットコーヒー、左手におでんを持って見送った。
だけど店員さんは「あっ!」と声を上げ立ち止まる。
「ちょっと待ってて! ちょっとだけ!」
そう言うと今度は走ってコンビニに戻り、そしてまた走って私の元にやってきた。
「箸! 忘れてた!」
店員さんは少し照れくさそうに笑いながら箸を渡してくれた。そしてまた走ってコンビニに戻っていった。
帰り道にある公園のベンチに座り、おでんの蓋を開ける。中身は大根と玉子だった、
私はおでんの大根を齧り、コーヒーを啜る。
「合わねぇ」
こうして私の誕生日は終わった。
誕生日 妹 @imo012
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