第2話 「こういう男にこそ、運はめぐってくる」
その豪邸の門から玄関までには、鉢植えや彫刻などが並べられていた。
横に入っていく小道がある。そっちに入る。さすがに玄関へ行く勇気はない。
それにしてもこれ、家か? 美術館のレベルだろ……ムカつくぜ、こんないい家に住みやがって。金も腐るほどあるんだろうな……。
そうだな、何か借りていっても悪くないだろ?
ちょうど小道には、ところどころに小さな彫刻みたいなものがある。不思議な形の動物……天使……小人みたいなやつ……手……変なコレクションだな。
でもどれも、金属製で小さくて上着に隠して持ちだせそうだ。買取店で売れる気がする。
小道は広い庭につながっていた。庭の端を歩きつつ物色していると、カラリとガラス窓が開く音がした。
げ、まずい!
あわてて身を隠す。
心臓がバクバクする。
ああ、信じられない。僕みたいなちゃんとした人間が、こんな目に合うなんて……世界は不平等だ……。
しかし、聞こえてきたのは鈴をふるような女性の声だった。
「あの……玄関がおわかりになりませんでした?」
……は?
木の隙間から盗み見る。
月があたりを照らす。
芝生の向こうにドラマで見るような洋館があり、デカい窓から見えているのは――美女。
絶世の美女だ。
肩までの黒い髪、ほっそりした体、前髪が邪魔で目元はよく見えないけれど、すっと伸びた鼻筋にふくよかな唇はまさに典型的な和風美人。
温かそうなニットのワンピースの下に、ふっくらした胸。美バディだ……。
彼女は僕の方をうかがうようにして、いった。
「庭にいらっしゃるんでしょう? お待ちしていました、どうぞ、この窓から入れますの」
……え? お待ちしていました? 誰を?
誰か来るのか!?
まずい、逃げよう!
後ろへ下がりかけたら、彼女が重ねて話しかけてきた。
「早くお入りください。ここを開けておくと寒くて……私ひとりですから、他の部屋は暖房していないんです」
……私ひとりですから?
じゃあ、彼女が待っている男のふりして中へ入って、金目のものをかっぱらって逃げてもOKってことか?
ああ、これはきっと、ようやく僕にやって来た幸運だ。
おばはんたちに我慢して働いてきた代わりに、神さまがくれたラッキーだ。
そして幸運は、受け取るべき人間のもとへ来る……つまり、僕。
今夜はついている!
静かに立ち上がると、咳払いをして答えた。
「お待たせして申しわけありませんでした。お宅が広くて、迷ってしまって……」
ああ、なんて頭が良くて度胸があるんだ、僕は。
こういう男にこそ、運はめぐってくるんだね。
これぞ、深夜の散歩のだいご味だ……。
『宅配業者の証言』
藤井さまのお宅へは定期的に伺います、配達がありますから。
すごい美人ですよね、びっくりしますね。
ご自分では気づかれないんでしょうけど、そこがまた奥ゆかしくて……
ときどき、大きな箱を運び出す男性と会います。製本業者みたいで、社名入りのトラックに重そうな荷物を運び入れていますよ。
美人でお金持ち、本が趣味……今どき貴重なお嬢様ですね」
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