第3話 「この世界は、平等」
「うわ、豪華な家ですね!」
彼女に呼ばれて家に入り、思わずそう言った。
明かりのない部屋でも輝く置時計、月光にきらきらするシャンデリア。足元のじゅうたんもふかふかだ。
女性は軽く笑ってソファに座った。そして隣を指さす。
「どうぞ、こちらへ」
積極的だな……っていうか、誰を待っていたんだ? こんな夜中に……若い女がひとりで……え、まさかアレか?
出張ホスト的な……?
女性専用の風俗、みたいなやつ?
うそ、まさか。こんな美人が……いや、ありえる。
こんな美人が豪邸に一人くらしなんて、年上のダンナが金を残して死んだってところか?
美人の未亡人……さびしい体……ホストくらい呼ぶだろ、金はあるんだ。
……だったら。
僕がこの人の専用ホストになっちゃダメか?
あんなクズみたいな仕事をやめて、彼女の愛人になればいいんだ。僕は顔がいいし、身長だって170センチある。30を過ぎるまではモテたんだ!
……ふふふ。ちょうどいい再就職先じゃないか……。
すっと肩を抱き寄せようとしたとき、彼女と僕を邪魔するものがあった。
「……本?」
彼女がきれいな手で本を持っている。愛撫するように、ゆっくりと表紙をなでた……ああ、なんてエロイんだ……僕を誘っているんだな。
彼女は微笑み、
「この本はいちばん最近のものなんです。定期的に装丁を変えるんです」
「へえ」
ソウテイ? なんだそりゃ?
彼女はひとしきり本をなでて、そっと僕に手渡した。
「これを読んでくださる?」
「……は?」
「あかりは、手元照明をつけてくださいね」
何だこりゃ、テストか?
頭の悪い男とはヤリたくないってことか? 本くらい読めるけどね……。
僕はしぶしぶ本を取った。
題名は『グレート・ギャツビー』……整髪料? 美容チェーンの話か?
まあいい、声のテストにも合格してみせるよ、ベイビー。ああこの部屋は、いいにおいがするな……
本を開いて読みはじめた。
彼女がそっと僕の腕に指をすべらせる。
「きれいな皮膚……傷はない?」
「きず? ないですよ」
「体じゅう全部に傷はない?」
「ふふふ……ありませんよ、ぴかぴかです」
「ほくろは? ときどきほくろやあざが、邪魔になるの」
「……ほくろ? あざ? ないですけど……なんなら見ますか?」
「ほほ……見るのは他の方にまかせます……」
さりげなく誘ったのに伝わらなかった?
それに、ほかの人にまかせるってどういう意味だ?
まあいいか……ここで言葉を切り、彼女の肩に手を回す。
柔らかくて丸みのある肩。着やせするタイプだな。脱がせてみたらEカップかも……。
ああ、ここは天国だ……きれいでピカピカで……かねの……においがする……におい?
あまいにおい……あまい……なんだかきゅうに……眠くなってきたよ。
あれ、かのじょ、どこにいった?
声がする。あの鈴をふるような声で……電話をしている……?
「ねえ、いい素材が手に入ったわ。あざもホクロもないそうよ、触感は一級品……。
中身はクズだけど、必要なのは『皮』だけでしょう?
そろそろギャツビーの装丁を変えたいのよ。
最後の男は皮膚の感触が気に入らなかったわ……ざらついていたのよ」
素材? 皮?……ひふのかんしょく?
装丁を変える……最後の男は……ギャツビーになったのか……。
そして今度は、
ぼくが、ギャツビーに……ああもう体が……うごかない……。
……このせかいは……食うか食われるか……びょうどう……なのかな。
『出入りの製本業者の証言』
藤井すみれ様? はい、ごひいき頂いております。装丁の仕事をお受けしています。
は、男の不審者? すみれ様の家ちかくで行方不明? さあ、聞いていませんね……
あのお宅はセキュリティがしっかりしていますから、不審者が侵入したら警備が5分で来ますよ。なにしろ資産家ですから。
え、彼女が男を殺して死体を隠した?
いやいや刑事さん、むりですよ。
すみれさんが若い女性だからっていうだけじゃない。
あの方は、子供の頃からの全盲ですよ? 若い健康な男に危害を加えるなんて、できるはずがないでしょう?
でも本はお好きで、ときどきボランティアの朗読サービスを頼まれていますね。
私はダメです、こんな声ですのでね。
あ、そうですか。嫌疑ははれた?
そうでしょうねえ……こんな昼間でも、深夜みたいな夜の底で暮らしている女性ですからね。かわりに深夜でも昼間みたいに動けるんですが、
私たちには、うかがいしれぬ楽しみがあるのかもしれませんね……。
『いつか、ギャツビーになる深夜』
2023年3月10日
【KAC20234】「いつか、ギャツビーになる深夜」 水ぎわ @matsuko0421
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