【KAC20234】「いつか、ギャツビーになる深夜」

水ぎわ

第1話 「僕のせいじゃないもんね」


 世界は不平等に満ちている。

 とくに僕にとっては不平等すぎる……。

 深夜二時、路上で僕はぶるっと体を震わせた。

 誰もいない。この世には僕と薄ぼんやりした月だけみたいだ。

 

「くそ、寒いな。気温まで敵かよ……」


 僕はのろのろと歩きつづける。

 特に目的地があるわけじゃない。ただあの汚くて狭くて、ゴミしかない部屋から抜け出したかったんだ。


 最後のカノジョが出ていってから二年。だれも僕の部屋を掃除してくれない。

 これでも30歳になるまではモテたのにな……。


 足を止めて空を見上げる。ぼんやりした月が浮かんでいた。

 黄色く丸くぶかっこうな月は、職場のおばはんたちを思い出させる……。


「ちっ、あのおばはんたちが正社員になって、なんだって僕だけが非正規のままなんだよ……

 会社は分ってない。全然わかってない。

 大事なのは若い男の社員だろ?

 僕こそリーダータイプなのに……ちゃんと評価されていないよな。

 この世界はおかしい。どこかに一発逆転のチャンスがあるはずだ……」


 

 夜はいい……夜のあいだだけは、自由に息ができる気がする……ん? ここはどこだ?

 あれ、迷っちゃったかな……。



 気づいたら、住宅街の一角にいた。

 どの家も大きな門がついていて、家と道路を切り分ける塀が長く伸びている。高級住宅地ってやつだ。


「金があるところにはあるってか? ムカつくな……」


 どんどん歩いていく。一軒ずつの敷地が広くて方向感覚がおかしくなりそうだ。

 どの家も腹が立つほどにでかく、門には明かりがついている。

 防犯意識も高め。敷地に一歩でも入ったら警備会社が駆けつけてくるってやつだ。


 ああ、こいつらに金があって、僕がむくわれない理由は一体どこにある……?



 そのとき、一軒の家が目に入った。

 ……ん? 何か変だな、この家……違和感がある……。

 ああ、この家だけ門に明かりがついていないんだ。しかもアートみたいな鉄製の門が少し開いている。


 ……不用心だな……入っちゃうぞ……僕のせいじゃないもんね……門を開けておく方が、悪いんだ……。



 ぎいいいい。とん。




 『近隣に住むA夫人の証言』

「ああ、藤井さんのお宅? とても静かですよ。

 たまに本の業者さんが出入りするくらいかしら。

 亡くなられたご家族の蔵書を、時々処分しているみたい。何千冊もあるんですって。高価な稀覯本もあるから、それは装丁しなおすんですって……あのひとには、そんな必要ないのにね……。


 あら、ごめんなさい。あたしったら、おしゃべりで……」

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