第八章 12月

第38話 マーライオン

 

  音楽祭も終わり季節はあっという間に冬になる。


 僕は歯磨きをしようと思った。


「あれ?ない」


 洗面所の棚のコップに三つ歯ブラシが置いてある。姉二人のと僕のだ。


 僕の青色の歯ブラシだけがない……。


「ふー疲れたー」


 そこに歯を磨き終わったはる姉が現れる。僕の歯ブラシを口に加えたまま。


 たまに歯ブラシが無いの不思議だと思ったけど!はる姉のせいか!


「なんか気持ち悪くなってきた」


 口内で使っているものを一緒共有していると思うと気持ち悪い。


「そんなことないよー」


 はる姉はね!僕が気持ち悪いの! 


「てか、なんで僕の使ってるの?」


「歯ブラシには種類があって、用途が違うのもあるのよ。私は最後の仕上げに使ってるの!」


 僕の歯ブラシとはる姉の歯ブラシは同じ形だけどね。


 仕返ししたくなった。


「あ、その歯ブラシ。お父さんのやつかもしれない」


「オエエエ」


 わあ、ナイアガラの滝みたいに綺麗に吐くじゃん。仕上げに使い分けてるんじゃないのか!


「そ、それは本当?」


「嘘だよ」


 はる姉が歯ブラシの毛先を吸い込むように使う、そんな使い方じゃないから!用途間違えてるから!


「あーくんの液を体内に吸収!」


 僕はその歯ブラシをゴミ箱に躊躇なく捨てて、お義母かあさんに新しい歯ブラシを買ってもらうように頼む。


 その日は歯を磨かずに寝ようとする。



「あーくん!歯を磨かずに寝ちゃダメだよ」


 誰のせいでこうなったと思う?


「新品のやつあるから久しぶりに歯を磨いてあげる!」


 僕ははる姉に言われるがまま手を引かれて、膝枕の体制になる。昔はよくやってもらったかもしれない。


「ほら、目をつぶって口を開けて?あーん」


 この歳になってまで姉にこんなことをされるのはどうかと思うけど、膝の感触が気持ちいい。


 そのあとは普通に歯磨きをしてもらったが気持ちいい。人にされる歯磨きは自分でやる歯磨きより気持ちいい。


「はい、終わり」


「ありがとう、はる姉ーーん?」


 はる姉が持つ歯ブラシは、はる姉が使っているピンク色の歯ブラシ……?


「こ・う・か・ん・こ」


 そんな可愛らしく言っても事実は変わらない。


「オエエエ」


 その日はシンガポールのマーライオンばりに僕も口の中をゆすぎ洗面所に吐き出した。

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