第33話 愛する人を守るため、愛する人を裏切って、他人と体を重ねる 3


 <フェイクト(カズト)視点>



 病室のそなえ付けの鏡を見る。

 そこに写っていたのは、フェイクトだった。


 俺が今、フェイクトの身体をコントロールしている。

 その事実を認識すると、和徒のここ数日の行動がようやく理解できた。


 和徒から身体の支配権を奪われた後、まるで映画を見ているような感覚でカズト(和徒)の言動げんどうを見させられていた。


 クラエアとシラソバにした事。エルフの従者候補者にアプローチしていた事。それ以外にもいろいろと不審な行動は多かったが、表向きは勇者として問題ないように振る舞っていた。


 だが、すべてを把握できていた訳ではない。

 なぜなら、和徒の思考が伝わってこなかったから。

 何を考えているのか分からない。

 行動は把握できても、なぜそれをしているのか、が分からなかった。


 クラエアが和徒に提供した聖遺物。その中に『転移の宝珠』がある。

 今考えれば、和徒はこの宝珠を見た時にを思いついたのだろう。

 でも俺にはその思考が読み取れずに、まんまと計画が成功してしまった。


 和徒が身体を支配している間、俺は出来る限り和徒の不審な行動を止めようとしていた。

 とは言っても、あくまで「やめろ!」と内側から叫んでいたに過ぎない。

 でもそのたびに胸を苦しそうにしていたので、一定の効果はあったのだと思う。


 しかし今となっては、あいつは俺というストッパーから解放されている状態。


 これから和徒が俺の身体を使って何をしでかすか分からないし、止められない。

 非情に危険な状況になったと言えるだろう。


 あいつは、今後どうするつもりだ?

 今の俺に何ができる?


 そこで俺が思い浮かんだ存在。それは―――アイナだ。


「まずい。アイナが危ないかもしれない!」


 そう思い立つと、俺は居ても立っても居られずにベッドから抜け出した。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アイナの元へ向かおうとして療養所を出る。


 アイナは今どこにいる? 勇者地区の屋敷だろうか。

 とりあえず、アイナの住む共同住居へと向かう。


 城塞都市内を走る。そこですぐに異変に気付いた。

 身体が重い。

 それはよく考えてみれば当然のこと。

 この身体はフェイクトのもの。俺とは背丈せたけも体重も違う。

 細く引き締まってはいる。筋肉も結構ある。

 だけど、所詮しょせんは他人の身体。思うように動かない。

 どうしても走る動作がぎこちなくなってしまう。そのせいで余計に体力を使う。


 また、身体が重い原因がもう一つある。

 それは―――あるはずのこと。


 フェイクトはアイナの従者だ。

 ならばアイナから疑似神核を与えられているはず。

 なのに、それが一切感じられない。

 疑似神核は身体ではなく魂に宿やどる、ということなのか?


 つまり今の俺は、疑似神核も無い他人の身体で動かなければならない。


 まともな戦闘が出来ないどころか、普段の生活にも支障をきたす状態。

 最後は身体を引きずるようにして、なんとか屋敷までたどり着いた。






 女勇者用の共同住居に着いたが、ここでも問題が起きた。


 ―――アイナの屋敷が分からない。


 共同住居は各屋敷を横に繋げた構造をしている。その屋敷のどれだろうか。

 共用部のエントランスに入ったが、そこで足が止まってしまう。


 そう、俺は―――のだ。


 だから女勇者側の情報をまったく知らないも同然。

 困ったな、どうしよう……。

 仕方ないからかたぱしから訪ねてみようか。

 だが、そうすると間違いなく目立ってしまう。

 悪目立わるめだちする状況はできれば避けたい。



 途方に暮れていると、後ろから2人の男女がやってきた。

 その内の男の方に見覚えがある。

 たしかこの男は、俺が召集されて初日に会った―――。


「おい、フェイクト。なにぼーっと突っ立ってんだよ」


 そうそう。フェイクトに対して喧嘩腰だった従者だ。

 名前は、グーリンカムだったか。


「えーっと、グーリンカム……だよな?」


「あ? 喧嘩なら買うぞ」


「いや、そんなつもりはないんだ。ところで、アイナの屋敷ってあそこだよな?」


 そう言って、俺は適当に指をさす。


「はあ? その隣だろうが。てめぇふざけてんのか!」


 なるほど、あそこか。

 グーリンカムは気分を害していたが、お陰で場所を知れた。

 これ以上関係を悪化させたくないので、早々そうそうに立ち去ろうとする。

 それをもう一人の女性が止めてくる。


「ねぇ、だいじょーぶ? いつもと様子が違うけど」


「問題ない、です。それでは失礼します」


 この女性はおそらくグーリンカムのあるじだろう。つまり勇者。

 でも、名前が分からない。

 だから余計な事を言わずに背を向ける。


「ったく、なんだよあいつ」

「どうしたんだろうねー」

「気にする必要なんかないですよ、セルレン様。あんな奴のことなんか」


 後ろで2人が会話しているのが聞こえてくるが、俺は振り返らずに足を進めた。






 ようやくアイナの屋敷に到着する。

 廊下を歩いていると、ある部屋から物音がした。

 アイナが心配で、ノックもせずに勢いよく扉を開ける。


「アイナ! 無事かっ!」


 そこには着替え中で固まっているアイナがいた。

 よかった……。アイナは和徒に何もされていないようだ。


 だが安心したのもつか、目の前のアイナが冷ややかな目でこちらを見ていることに気づく。

 結局アイナを怒らせてしまい、部屋から追い出された。

 すまない、フェイクト……。



 その後、着替え終わったアイナと会話をした。

 内容はユーメィが襲われた件について。

 アイナはその報告を聞いて、当初は驚くと同時にユーメィを心配していたが、次第に様子が変化していった。

 それは、こちらに向ける疑惑の目。

 フェイクトの事をかなりあやしんでいるように見える。


 アイナにすべてを打ち明けたい衝動に駆られるが、なんとなく躊躇ちゅうちょしてしまう。

 アイナを信じていない訳ではないが、和徒に対する認識が俺とアイナでは大きく異なるためだ。

 前世の和徒の本性をアイナは知らない。

 だから和徒の危険性を理解してもらえないのではないか。

 下手をすれば、アイナはあちら側に味方をしてしまう可能性すらある。


 結局何も言い出せないままユーメィの元へ2人で戻った。

 その際に俺が病室から抜け出したことがばれてしまい、医師たちに捕まってしまう。

 そのせいでアイナと別れることになり、俺は病室で一夜を明かすことになった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌日の朝になり、俺は身体に異常が無いと判断されて退院できた。


 療養所を出る前にユーメィの病室を訪れたが、病室の前に警備兵が常駐するようになっていたので、ひとまずは安心する。

 俺がこれ以上ユーメィに出来ることは無い。



 これからどうするか……。

 とぼとぼと都市内を歩きながら、この先のやるべき事を考える。

 フェイクトの身体を乗っ取った状態でこのままじっとしていることはできない。

 だからと言って、俺ひとりで何ができる?


 真実を公表するか? ―――いや、駄目だ。

 客観的に見れば、こんな荒唐無稽こうとうむけいな話を誰も信じてはくれないだろう。


 じゃあ、和徒をどうにかするか? ―――それこそ無理だ。

 今の俺はフェイクトの身体で、疑似神核すら失っている状態。

 そもそも仮にアイナの疑似神核があったとしても、和徒の神核の強大さには足元にも及ばない。

 それに現在カズトの従者となっているクラエアとシラソバも、他の従者とは一線を画すほどの疑似神核を得ている。

 ちょっとやそっとの戦力では、あの2人の従者にすら勝てないだろう。


 はっきり言って絶望的な状況。


 明確な対応策が見えてこないまま焦りだけがつのっていると、どこからか声がした。


「フェイクト。済まないが今日も話がある」


 声の主を探してあたりを見回すが、見当たらない。


「誰だ?」


「オレだよ」


「はあ? 誰だよ」


「だからカゲムネだ」


 カゲムネ……? 誰だ?

 フェイクトの知り合いなのだろうが、当然知らない。


「用件は?」


「いつものアレだ。連日、無理言って済まんな」


 アレじゃあ分からん。

 推測するに、フェイクトに対して何かしらの用件があって毎日のように訪ねてきている、ということだろうか。

 フェイクトの個人的な事情に関わりたくはないが、ここで無視しても、その後付きまとわれたら面倒か。


「あーアレか……。えっと、どうしたらいい?」


「悪いな。じゃあ来てくれ」


 そう言うと、カゲムネが姿を現す。それは目立たない服装を着た30代くらいの男だった。






 カゲムネと名乗る男に付いていくと、都市内にある高級宿に案内される。

 その高級宿のおそらく最も豪華な部屋に入ると、そこには一人の女性がいた。


「ありがとうフェイクト。今日は来てくれたのね」


 紫色の長い髪が特徴の美しい女性だった。

 とりあえず、適当に話を合わせる。


「ああ。それで用件は?」


「もちろん従者の件よ。今日はをきちんと聞いて欲しいの」


 従者の件か……。ということは、この女性は勇者だよな。

 神核も疑似神核も無い今では、相手の存在感が感じ取れない。

 だから誰が勇者で、誰が従者か、見ただけでは判断できなくなっていた。

 ただ目の前の女性が、どこか人知を超えた美しさみたいなのがあるのは感じ取れるので、勇者なのは間違いないのだろう。


「とりあえず、条件を聞こうか」


「やっと聞いてくれるのね、助かるわ。それで条件は、①ユーメィの安全は私が保証する ②ユーメィが目覚めたら従者に戻っていい ③アイナの従者という偽装は継続していい。以上よ。他にも要求があったら言って」


 ちょっと待て! いろいろとおかしな点がある。

 ユーメィの従者に戻る?

 アイナの従者という偽装は継続させる?


 何を言っているんだ。

 フェイクトは、ユーメィからアイナに従者を乗り換えたのではないのか。


「もう少し詳しく話してくれないか? 話の前提も含めて」


 俺が慎重に尋ねると、目の前の女性は手ごたえありと感じたのか大きくうなずいた。


「いいわ。先に言っておきたいのは、ユーメィからあなたを奪う気は無いわ。そこは安心して。あくまでも一時的に従者になってもらうだけ。じゃあ、まずは―――」


 そこからの話は俺にとって衝撃的なものだった。


 まず、ユーメィの命があやういということ。


 ユーメィは四肢を失った勇者。もう戦力にはならない。

 よって他の勇者の神核強化のために生贄いけにえになる可能性があるという。

『神格保有者を殺せばその神核の力を吸収できるという事実』を知られれば、まず真っ先に狙われるのはユーメィ。

 他の勇者に知られると非常にまずい。それどころか、都市側も同調するかもしれない。


 その話を聞いた時にすぐに思い浮かんだ人物は、やはり和徒。

 和徒はまだ知らない。だがこれを知れば躊躇ちゅうちょなくユーメィを狙うだろう。

 昨日ユーメィを殺そうとしたのは、あくまでもフェイクトの心を壊して俺を切り離すため。だからそのこころみが成功した後、ユーメィを見逃したに過ぎない。

 必要と判断すれば、あいつならやる。

 そういう意味では、ユーメィは本当に危険な状況にある。



 次に、フェイクトはいつわりの従者だったということ。


 アイナは従者契約をしていなかった。

 フェイクトはずっとユーメィの従者のままだった。


 その真実を聞いた時、アイナの一途いちずな想いにも言われぬ感情が湧き上がった。

 随分と危険な行動だったと思う。でもそれだけ追い詰められていたのだろう。

 ユーメィとフェイクトも人が良すぎる。感謝と申し訳なさでいっぱいだった。






 話を聞き終わった後、俺の心は落ち着いていた。

 なぜなら話を聞いている最中にを思いついたからだ。

 行きづまっていた現状を突破する明確な方針がさだまった。


 そう、俺が今すべき事は―――――こと。


 やはり和徒は放ってはおけない!

 アイナも必ず救う!


 だから、和徒の本性を知る唯一の人物を味方に付ける、という賭けに出るべきだ。

 リスクはある。カコが和徒のがわに立つ可能性だってある。むしろその可能性の方が高いかもしれない。


 でも、これしか現状を打破できる手立てがない。他に思い付かない。

 手をこまねいている時間も無い。状況は刻一刻こくいっこくと悪くなっていくだろうから。


 だから、カコに会いに行こう! そして説得しよう! いや、してみせる!


 俺は席を立ち、この場を去ろうとする。


「フェイクト、ちょっと待って! どこに行くのよ」


 部屋を出て行こうとする俺を、目の前の女性が慌てて止める。


「会いたい人がいるんだ。悪いがまた今度で」


 だが、ここで俺は判断を誤ったことを知る。

 俺はこの女性の性格を知らなかった。彼女の強引さを。


 扉を開ける前に、後ろから抱きしめられる。

 男女の触れ合いのような生易しいものではない。

 まるで羽交はがい締めのような、それは力ずくでまったく動けるものではなかった。


「お、おい。離してくれ」


「ダメよ。離さない」


「頼む、会わなければいけない人がいるんだ」


「誰よ。ユーメィ? アイナ?」


「違う。カコだ! カコ!」


「―――そう。なら余計に行かせられないわね。カコには絶対に渡さない!」


「ちょっと待て、誤解だって!」


「カコと会いたいのよね? いいわよ。―――カゲムネ、カコをここに呼んできて!」


 扉の向こうにいたカゲムネが「了解しました」と言って、気配が消える。


「えっ⁉ えっ⁉ どうして……」


「だからカコに会わせてあげるわよ。私と一緒にね。けど」


「いや―――」


「それよりも、カコが来るまで暇だよね」


 そう言って、俺の身体を後ろから持ち上げると、部屋の奥へと連れて行かれる。

 そこには高級宿にふさわしい豪華さのダブルベッドがあった。


「お、おい!」


「フェイクト。あなたの疑似神核、消えてるよね。ユーメィとの契約を破棄したのでしょ? つまりよね」


 あっ、これって勘違いされているのか。

 疑似神核が無いことで、ユーメィ以外の誰かと契約する気があると誤解している。そしてその相手はカコだと。


「ち、違う! 従者契約しないぞ! そんなつもりは無い」


「へぇ……。そんなにカコが良いのかしら。駄目よ、許さない! 先に私と契約してもらうわ。私の方が上だってことを教えてあげる」


 ベッドに放り投げられる。たまらずベッドの上で逃げるように後ずさった。

 そんな俺を獲物を狙うかのようにじりじりと追い詰めてくる。


「待てって!」


「なによ……。そこまで拒否しなくていいでしょう」


「そうじゃない」


「だからなによ!」


「えっと、まずは君の名前を教えて」


「―――は?」



 ハルローゼはポカンとした表情で、俺にのしかかっていた。



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