第34話 愛する人を守るため、愛する人を裏切って、他人と体を重ねる 4


 <フェイクト(カズト)視点>



「そうか、君がハルローゼなのか」


 ハルローゼという名の勇者がいることは知っている。

 アイナと一緒にユーメィたちを救出した人物だ。

 たしか『31人の勇者』の中でも突出した実力を持っているらしい。


「…………」


 ハルローゼが俺を見下ろしながら冷ややかな視線を向けてくる。

 ベッドの上で仰向あおむけの俺。その上で馬乗りになっているハルローゼ。

 互いに見つめ合う。一切目をらさずに。


「で、どいてくれないか」

「ぶっとばすわよ」

「暴力反対」

甲斐性かいしょうなし。たせなさい」


 若い男女がベッドの上でしている体勢にしては、まったく色気の無い会話だった。


「とりあえず落ち着いてくれ」


「―――はぁ、もういいわ。気分ががれた。ついでに女としての自信もズタボロよ」


「そいつは悪かったな。じゃあどいてくれ」


「悪いと思うなら誠意を見せなさい。名前を忘れたフリまでして……そんなに嫌?」


「そういう訳じゃないが、済まなかった。だからどいてくれ」


「ねぇ、ずっと気になってたけど、いつものフェイクトとだいぶ感じが違うよね」


「いろいろ事情があるんだ。そろそろどいてくれ」


「事情ってなに? 話してくれるまで動かないから」


 馬乗りにされたままハルローゼの手が俺の肩を掴み、ベッドに押し付けてくる。

 まったく動けない。

 ただ怒っているふうに見せかけて、どこかこちらを心配している様な気がする。

 冷めた視線の中にじっとこちらを様子を探る気配を感じるのだ。


「―――カコがここに来るんだな?」


「ええ。カコのことだから素直に来るとは限らないけどね」


「人からの頼みを無視するような子じゃないだろ」


 少なくても和徒の記憶の中にある前世の華古かこはそうだった。


「ふーん。カコの事よく分かっているのね。この浮気者」


「いや、これはハルローゼが無理やり―――」


「そっちじゃない! ユーメィに対してよ」


「…………。それはハルローゼもだろ。ユーメィとの関係を知ってて誘ってきて」


「だから言ってるでしょ! ユーメィからあなたを奪う気は無いって。あくまで一時的な従者契約だけよ」


「それでも従者契約するってことは、しなきゃいけないだろ」


「はぁ? そこは割り切りなさいよ。ユーメィだってフェイクト以外に従者がいたじゃない。私たちは勇者で、あなたたちは従者なんだから」


「…………」


 言い返せなかった。これって、なんだろうな。


「と・に・か・く、カコは駄目よ。私にしなさい」


「なんでカコだけ駄目なんだ。従者なんだから割り切れって言っておいて」


「理由の半分は、カコには負けたくないからよ。私が従者に狙ってたフェイクトを横からかっさらわれるのが嫌なの! もう半分は、あなたのカコに対する態度。だってそうでしょう? ユーメィ以外の従者になる気があるのに、私とはおためしの契約すらしないでカコとだけするなんて……」


 だから浮気者って言ったのか。


「いや、完全に誤解だ。カコとは話をしたいだけで、従者契約をしたい訳じゃない」


「嘘ね。じゃあなんで疑似神核が無いの? 誰と契約するつもり?」


「そ、それは……」



 言葉に詰まり言いあぐねていると、突然扉が開いた。

 部屋の中に入ってきたのは―――カコだ。

 ベッドの上で密着している俺たちを見ながら、カコは呆れた様子で言う。


「お邪魔だった? それとも、見られながらっていうプレイ?」


 俺とハルローゼは同時に声を上げる。


「違う! 助けてくれ!」

「そうよ! そこで見てなさい!」


 そんな俺たちを見て、カコは「もう帰りたい」と呟いた。







 カコが来たことでようやく俺はハルローゼから解放された。

 今はベッドルームからリビングに場所を移している。

 ハルローゼとカコがソファーに向かい合って座り、俺はハルローゼの隣に座らされている。


 しばらくの間お互いに沈黙していたが、やがてカコが口火を切る。


「それで、わたしを呼び出した用件は?」


 ハルローゼが俺をチラリと見る。


「フェイクトが話したいことがあるって」


「そう。フェイクトってアイナの従者よね。でも疑似神核が無い。ちょうどハルローゼに乗り換えるところだった?」


 2人の視線が俺に集中する。

 よそから見れば、俺はまるでヘビに睨まれたカエルのようだ。


「違う。2人とも誤解している。とりあえずハルローゼ、席を外してくれないか」


「無理」


「ならカコ、2人で話がしたい。後で会えないか」


「却下」


「ハルローゼには聞いてない」


 俺とハルローゼのやり取りを見て、カコが不思議そうな顔をして言う。


「あのフェイクトがハルローゼを呼び捨てにするなんて……。2人っていつからそんな関係に?」


 その言葉を聞いて、俺は今更いまさらながらハルローゼに『様』を付けずに呼んでいたことに気づく。

 元々のフェイクトとハルローゼの関係性を俺は知らないが、少なくてもカズトとハルローゼは今日が初対面。それなのに、なぜか俺は取りつくろった言い回しをせずに素の自分でしゃべっていた。

 そこに違和感を感じないほどに俺とハルローゼは馬が合うということだろうか。



「ハルローゼ様すみませんでした」


「もう遅いわよ。さっきまでの口調に戻して。意外だったわ、フェイクトが実はこんな感じの人だったなんて。今まで猫被っていたのね。でも、今の方がいいわよ」


「そうか、じゃあこのままで。その方が俺も助かる」


「ええお願い。そもそも私は勇者になる前はどこにでもある一般家庭の娘だったの。だから急にかしこまった態度を取られるようになってウンザリしてたのよ」


「ああ、その気持ちは分かるよ。肩がって仕方ないんだよな」


「そうそう。だから、あなたみたいな態度の方が好感が持てるわ」


 そんな俺たちを見て、カコが口をはさむ。


「やっぱり仲いいじゃない。今から従者契約するのでしょう? もうわたし行くね」


「待ってくれ!」

「あらそう、バイバイ」


 ハルローゼと同時に叫ぶ。


 いい加減、らちが明かない。

 できればカコと2人で話がしたい。だが、ハルローゼがそれを許してくれない。


 ―――もうこうなったらハルローゼも巻き込むか。


 まだ知り合って間もないが、ハルローゼは信用できそうな気がする。

 強引でわがままだけど。

 それに、ハルローゼは勇者としての実力もがみ付き。

 味方にできれば戦力としても期待できるという打算も働く。



「ハルローゼ、今から話すことを内緒にできるか?」


「それは内容次第ね」


「いや駄目だ。絶対に秘密にしてもらう。約束できないなら出ていけ」


 ハルローゼと目を合わせる。数秒見つめ合った後、ハルローゼはうなずいた。


「―――いいわ、約束する。ちなみに出ていけって言われても、この部屋は私が借りてるのよ」


「そうだった。すまん」


「はぁ……。まあいいわ。カゲムネ! ここからの話は他言無用よ。もし今後どこかにれたら―――。これ以上は言わなくても分かるでしょ? いいわね?」


 部屋に居ないはずのカゲムネに対して、ハルローゼが大声で言う。

 自分の従者にも念をおしたのだろう。

 返答は返ってこなかったが、ハルローゼは満足したようで、こちらに続きをうながしてくる。



「長くなるが2人とも聞いてくれ。できれば質問は話し終えた後で頼む。じゃあ、いくぞ。まず、俺はフェイクトじゃない、カズトだ」


「「はあ?」」


「予想通りの反応ありがとう。でも、とりあえず聞いてくれ。それでな―――――」



 そうしてすべてを語った。


 成人の儀でのこと。前世の二階堂和徒のこと。和徒に身体の支配権を奪われたこと。そして、転移の宝珠によって俺がフェイクトの身体に魂を移されたこと。


 前世の話に及ぶと、ハルローゼは口をポカンと開けていたが、逆にカコは真剣な様子で聞いていた。



 一通り話し終えると、シンとした空気に包まれる。

 ハルローゼは内容が理解できないのか、腕を組んで顔をしかめていた。

 カコは俺の顔をじっと見て何かを言いたそうにしている。


「それで、信じてくれるか……?」


 すぐに反応したのはカコ。


「いくつか質問していい?」


「もちろん。何でも聞いてくれ」


「あなたが本当に二階堂和徒?」


「いや、俺はこの世界で生まれて育ったカズトだよ。前世の記憶があるだけ。カコもアイナもショウもそうだろ?」


「ええそうね。なぜそれを知っているの?」


「和徒を封印していた頃、俺はその記憶を無くしていた。でも今考えれば、成人の儀以降で3人の言動に違和感があったからな。アイナやショウだけでなく、カコも前世の記憶が戻ったんだろ」


「そう。前世のわたし、結城ゆうき華古かこのことを覚えている?」


「記憶にある。前世の和徒の幼馴染だ。そして、を理解している唯一の人物だってな」


 俺はそう言って、カコをじっと見据みすえる。カコの出方でかたうかがうために。

 カコは感情を隠すように表情を変えなかった。


「わたしの好きな食べ物は? 前世のね」


「ハンバーグかな」


「好きな色は?」


「知らない。しいて言うなら、青色の持ち物が多かったか」


「わたしと初めてセックスした場所は?」


「―――してない。和徒と華古はしていない。あいつは華古をけがしたくないと考えていた」


「全部正解。そうだったんだ……和徒がわたしに手を出さなかった理由って、そんなことだったのね……けがしたくないってなによ、馬鹿みたい……」



 和徒に身体を奪われていた時とは違って、前世の記憶については、知識だけでなくも俺は知っている。

 だから流崎りゅうざき愛名あいな玩具おもちゃとしてしか見ていないことを知れた。

 そして、和徒が結城ゆうき華古かこに対してはがあることも。

 その証拠に、和徒は身体の支配権を奪った後、一度もカコに会おうとしなかった。

 そのことが今回カコにすべてを話そうと決断したことの一因でもある。

 

 カコが和徒のことをどう想っているかは、俺には分からない。

 でも、和徒を止められるとすれば、それはカコなのではないか。






 その後もカコからの質問がいくつか続いたが、それが終わると、カコが覚悟を決めた様子で言う。


「カズト……ってその呼び方だと他の人に聞かれるとややこしくなるからフェイクトと呼ぶことにするわ。それでフェイクト、あなたに協力する。とりあえず、。まずは疑似神核を得るところから始めましょう」


 その言葉を聞いた瞬間、ずっと黙っていたハルローゼが反応する。


「ちょっと待ちなさい! フェイクトは! いろいろとややこしくて一部理解できないこともあるけど、とにかく私も従者を失って新しい戦力を求めているの。それにここまで聞いておいて今更いまさら放置する気もないわ。だから私の従者にする」


 カコとハルローゼがにらみ合う。


「ハルローゼ邪魔しないで。これは私たちの問題」


「カコこそ黙ってなさい。フェイクトのあるじであるユーメィは私の友人なの。それに、私ならカズトの恋人であるアイナも守ってあげられるわ。邪魔なのはそっちよ」


「ダメ、カズトは譲れない」


「ムリ、今はフェイクトの身体なのよ」


 睨み合っていた2人が同時にこちらを向く。


「ハルローゼに言ってやって! わたしの従者になるって!」


「カコに言ってやりなさい! 私の従者が良いって!」


「「ねえ‼」」



 いつの間にか、俺が従者になることが前提になっている。


 協力を求めはしたが、フェイクトの身体で誰かの従者になる気なんてないのに。


 でも、この状況でそんなことを言えばどうなるか……。


 俺は物凄い剣幕で迫ってくる2人を前にして、頭を抱えることしかできなかった。




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