ルートB  BAD END

第26話 世界を救うために勇者を殺す ルートB BADEND


 カズトの内側からが聞こえる。


『ようやく自由になったか。じゃあ、さっさと


 今にも途切とぎれそうな意識の中、俺は―――――



 <ルート分岐>


   A  神核の力を犠牲にして、二階堂にかいどう和徒かずとを否定した。


 ▶ B すべもなく飲み込まれ、完全に意識を失ってしまった。


   C 二階堂にかいどう和徒かずとに主導権を奪われてしまった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


〖 ルートB BAD END 〗



 ―――くらい。


 ―――暗い、暗い、暗い。


 ―――そう、まるで暗い海の底。



 光さえ届かない場所。だから、見ることもできない。


 果てしなく深い奥底おくそこ。だから、何も聞こえない。


 重く、押しつぶされている。だから、声も上げられない。


 身体が動かない、感覚も無い。だから、もがくこともできない。



 いつからだろう……。


 もう何も思い出せない。


 どれくらい経っただろう……。


 もう何も思い出せない。


 俺は誰だろう……。


 もう何も―――――。






 ふと、触れるモノがあった。


 これは、誰かの想い? 後悔、無念、もしくは懺悔ざんげ


 その人物にはがいた。

 生まれてからずっと一緒だった女の子。

 幼い頃は、対等だった。

 大人たちの事情なんて分からない。

 一緒にいられた本当の理由なんて知らない。

 家の事情なんて関係ない。

 ただ一緒にいる。それだけで満たされていた。


 その頃が一番幸せだった……。余計なことを考えずに済むから。

 快楽を得ずとも、満たされるから。

 彼女の笑顔が、仮面をかぶること無く、純粋なものだったから。


 ある時から、彼女は仮面を被っていた。

 ほんのわずかな違い。でも、決定的なみぞ隔絶かくぜつされたつながり。


 その理由もやがて理解した。

 大切な女の子は、犯されていた。ボクと離れていた時に。ボクの父親から。


 もう戻らない時間。消せない記憶。純粋ではいられない想い。


 何もできなかった。まだ幼く力も無かった。

 だから―――止められずに、助けられずに、待つしかなかった。


 救いの手を差し伸ばすことができなかったボクは、飽きて捨てられたを拾う。


 もうあの頃とは違う関係。ネネの仮面が外れることは、もう無いかもしれない。


 でも、もし―――。


 もし、ゆるされるなら、彼女ネネをボクは―――――。







 ふと、触れるモノがあった。


 、誰かの想い? 後悔、無念、もしくは懺悔ざんげ


 その人物にはがいた。

 自分がせてしまった呪縛から。

 その呪縛が、彼をがんじがらめにする。行動を、思考を、未来を縛りつける。

 呪縛を解きたかった。鎖を断ち切りたかった。

 でも、縛りつけてしまった当事者である私には、どうすることもできなかった。


 あれは3年前。孤児院でのこと。

 迫害されていたハーフエルフ。親から見捨てられた子供。

 あの頃の彼は、何も無かった。

 感情も、意思も、希望でさえも。暗い瞳がそれを物語っていた。

 望まれた子供では無かったのだろう。

 子供は愛の結晶だなんて嘘。忘れられない悪夢のかたまり、そう母親が言ったらしい。


 不幸なハーフエルフの子供は、孤児院でも不幸なままだった。

 マガイモノ。それが彼の蔑称べっしょうだった。


 私にも両親はいない。流行り病で亡くなっていた。

 頼る親戚もいない、天涯孤独の身。

 不幸中の幸いだったのは、に孤児院で生活できたこと。

 当初はこの身の不幸をなげいたが、その気持ちは消し飛んだ。

 なぜなら、私以上に不幸な彼を知ってしまったから。


 それからは、私がフェイクトを守った。

 どうして守ろうと思ったのか……。同情? 憐憫れんびん? 

 いえ、もっとみにくい感情だったと思う。

 それは、自分より下がいる、ということの安堵感。それを実感したかったから。

 親から捨てられ、孤児院でも迫害される。そんな彼と一緒にいるだけで私は私をたもつことができた。自分は不幸じゃない。かわいそうと言われるがわじゃない。


 だからきっと、これはそんな私への罰だったんだ。


 フェイクトは迫害されると同時に

 ハーフエルフは、エルフの血を引いている。

 つまり、閉鎖的な村の孤児院では忌避きひされる存在だが、広い世界では貴重な存在。

 をエルフは持っている。半分とはいえハーフエルフにも。

 だから、フェイクトには利用価値があった。

 大成すれば、高い地位や権力が手に入る未来もある。

 でも、物のように扱われ、実験動物や研究素材になる未来もあった。

 周囲に理解者や後ろ盾となってくれる人がいないフェイクトは、後者になる可能性しかなかった。


 ある日、フェイクトは人攫ひとさらいにあう。

 気づいた時にはもうさらわれていて、私は道路に残された馬車の車輪の跡を追う。

 追いつけないとなかば諦めかけていたが、フェイクトを乗せた馬車は魔獣に襲われていた。

 犯人は既に死んでいて、残るはとらわれたフェイクトのみ。

 私は身を投げ出して彼をかばった。あの時の心境は今でも分からない。


 結果、私は右手と左足を失い、通りかかった冒険者に命を救われる。


 その後ハンデを背負った私には、になるしか生きる道が無かった。

 身体を売り、お金を稼ぎ、残りの人生を寂しく生きる運命。

 自分より不幸な人を見て安心していた私への罰を、ひしひしと感じながら。


 でも、そんな私に恩義を感じてこの境遇きょうぐうから救い出してくれた彼がいた。

 すべてに絶望していた彼は、あの事件後、瞳に光が宿り、才能を開花させていた。

 そして、娼婦だった私を身請けして、献身的に世話をしてくれた。


 いまやフェイクトには輝かしい未来がある。

 私なんかにとらわれてはいけない。彼を解放してあげたい。

 私は彼を―――――。







 ―――2人の想いに触れた。

 それはきっと、2人にとって大切なモノ。根源にある願い。


 ―――なぜ、俺はそれを知れた?


 理解したくなくても、理解してしまう。

 ああ、そうだ。それしかないだろう……。


 ―――俺は、いや、もう一人の和徒がこの2人をらったんだ!



『奇妙な女性』が突然現れて、俺は神核を強制的に解放させられた。

 その際に、封印が解けた。二階堂にかいどう和徒かずとの封印が。

 そして、俺はすべもなく飲み込まれてしまった。

 自分の身体の主導権を奪われているのだろう。

 もう和徒かずとが何を考え、何をしているのかさえ分からない。


 俺にできることは、もう何もない。

 ただ、あいつの犠牲となった者の残滓ざんしに触れることしか……。


 ―――であるならば願おう。


 ―――お願いだ! アイナの想いには触れさせないでくれ!


 あの場にいた勇者は4人。俺と、クズオと、ユーメィと、アイナなのだから。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 あれから半年後の城塞都市アーガルム。


 そこにある大聖堂。この都市内で一番豪華な建築物。

 そこに―――神となった勇者がいた。

 大聖堂の最奥、限られた者しか出入でいりできない真の玉座。

 玉座に鎮座ちんざしているのは、見目麗みめうるわしい彫像。


 その彫像こそが、現人神あらひとがみである勇者アーガルム。


 300年以上前に活躍した人物であるが、まだ生きている。

 厳密に言えば、生物として生きているとは言いがたい。

 もはや、心臓の鼓動こどうは無く、会話すらできない。

 最後に現界したのはいつのことだろう。少なくても現在生きている人間で直接知っている者はいない。


 そんなアーガルムの彫像が、唐突とうとつに光り輝いた。


 光が大聖堂を満たし、さらに広がっていく。やがて都市全体を包み込んだ。

 事態を知った高位司祭が、玉座に向かう。


 そこには―――ちゅうに浮かぶ 感情をともさぬ神 がいた。


 高位司祭はひざまずいてこうべれる。


「おおお、勇者アーガルム様。よくぞ降臨なさいました」


 高位司祭にとって、アーガルムの姿はよくみるものだった。

 玉座に鎮座する彫像の姿そのものだったから。

 生気は感じられない。まばたきもしない。彫像がただ浮いているようにも見える。

 しかし、その身体を覆う絶大なオーラが、そして直視できない程の光り輝く姿が、今ここにアーガルムが現界していることを示していた。



『厄災が……我が領土を、我が民を、浸食しようとしている』



 アーガルムは声を発することなく、都市にいる人々の意識の中に語りかける。

 明確な神託。厄災の発生と、都市存亡の危機を告げる。


 それが合図となった。

 厄災から都市を守るため、勇者とその従者を中心に防衛体制を敷く。

 勇者アーガルムが北の方角を向いているので、防衛戦力は北に集中させた。

 騎士団や警備兵は、人々の避難を中心に迅速に行動する。

 城壁外の街道に沿って発展しているため、避難先としては城壁内に収容するか、街道の先にある遠くの街に向かうか、に分かれていく。

 あらかじめ領主や5大貴族らには都市の危機に備えての準備が行われていたので、人口20万を超えるほどの人々がいるにもかかわらず比較的混乱も少なかった。



 勇者ハルローゼ、勇者ショウ、勇者カコの3名の実力者を中心として北門に近い広場に集結する勇者たち。さらにその先頭には勇者アーガルムが現れていた。


 北門の先にある勇者地区よりさらに北にある樹海。その樹海のはし、都市からは北東に位置する場所に崖がある。

 その崖の上、そこからは都市を一望できる場所があった。

 そこで都市を見下ろす大勢の侵略者たち。


 その集団の先頭に、かつてカズトと呼ばれていた元勇者がいた。

 そのとなりにいるのは、あの『奇妙な女性』。

 さらに後ろには、『奇妙な女性』をあがめる皮膚が緑色の亜人たち。


 

 カズトが言う。


「―――使い潰していいんだな?」


 亜人の神は、微動だにしなかった。

 それはいつものことで、を意味している。


「ったく、失敗した。まあ、もういい……。すべて僕のかてにする。―――やれ!」



『それが貴方の選んだ選択なら、従いましょう』



 珍しいことに、返答があった。


 亜人の神が振り返り、その真っ黒な瞳から光を発する。

 その瞬間、亜人たちが


 ―狂化きょうかの秘術―

 理性を失うことと引き換えに、能力が大幅に強化される禁忌きんきの秘術。

 効果時間は個体差にもよるが1日程度。そして効果時間を過ぎると、能力が大幅にダウンする。しかも、理性は戻らず、能力ダウンも一生戻らない。

 使用者を使い捨てにする切り札。その代わり、効果時間中の能力強化は凄まじいものだった。

 かつてユーメィら3人の勇者たちは、この秘術を使用した亜人たちに蹂躙じゅうりんされた。つまり神核を持つ勇者にも対抗できるほど。


 その狂化の秘術を、崖の上にいる亜人全員にもちいた。

 100体を超える亜人たち。その全員が叫び狂いながら崖を下っていく。


 待ち受ける勇者たち。神核が強制解放されて、大地をふるわせ、空を乱していた。



 そしてぶつかり合う両方の勢力。

 建物が壊され、血が飛びい、命の光が失われていく。


 その中心には―――勇者アーガルムと、元勇者のカズトがいた。







 戦いの喧騒けんそうは、半日続いた。


 多くの者のしかばねの中で、最後まで立っていたのはだった。

 約300年もの間繁栄を極めた城塞都市アーガルムは、勇者アーガルムの消滅と共に廃墟と化した。


 都市内に残った民衆の約8割が殺され、逃げ延びた者は、生き残った15人の勇者と共にこの地を捨てて海を渡るしかなかった。


 15人の勇者は、激しい戦闘により手足を失った者も多く、重傷者以上の者しかいない。皆が満身創痍まんしんそういの状態だった。

 人類最後の希望として負傷した勇者を逃がすため、多くの者が犠牲になった。

 その上での15人の生存。かつて『31人の勇者』は半数までに減る。


 亜人側の勝利かと言えば、それも違う。

 狂化の秘術を使った亜人はすべて死亡した。亜人の神もいつの間にか消滅していた。



 裏切った元勇者カズトがどうしてこのような蛮行に及んだのか、誰も分からない。

 亜人と亜人の神の目的も同様だ。


 ただ、おびただしいまでの破壊の跡と、勇者アーガルムの治めるこの地が滅亡したことだけはまぎれもない事実だった。







 この『31人の勇者』を巡る戦いの物語は、後世の歴史には記載されなかった。


 ―――なぜなら、その後の結末が語り継げるものでは無かったからだ。


 城塞都市アーガルムから始まった厄災の余波は、世界中に広がった。

 多くの者が死に、決着がつくまでに5年の月日がかかった。

 数えきれないほどの都市や村が滅び、バララシア王国も滅亡した。

 人間以外の他種族もいくつかが絶滅し、世界全体に深い爪痕が残る。



 決着は―――元勇者カズトと勇者カコのに終わった。



 これをもって、すべての勇者が死んだ。

 本来なら勇者カコは、後の歴史において世界を救った英雄として祭り上げられるのが通常だろう。

 だが、それはできない。歴史にその名が刻まれることはありえない。



 なぜなら―――勇者カコは、生き残った他の14人の勇者を殺していたからだ。



 殺された中には、最後まで共に戦っていた盟友でもある勇者ハルローゼの名前も含まれている。


 ―――なぜ、元勇者カズトは裏切ったのか?


 ―――なぜ、勇者カコは仲間を殺したのか?


 すべての謎は解き明かされないまま、多くの犠牲の元に世界は救われたのだった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 その後、100年の月日が流れた。


 かつて城塞都市アーガルムがあったとされる地に、冒険者が送り込まれた。


 冒険者たちは、かつての大厄災の発生源であるこの地の調査を命じられていた。

 その調査の途中、遺跡となった都市の北側にある樹海の奥深くで、とあるものを発見する。

 それは、樹海の中にもかかわらず光が差し込む場所。

 その場所だけは、穏やかな空気が流れ、あたたかな光に満ち溢れていた。

 中心には、鮮やかな花々が咲き誇り、一人の女性が眠っていた。


 冒険者たちが近づこうとしても、なぜか近づくことができなかった。

 いろいろと手を尽くしてもすべて無駄に終わったため、遠くからその幻想的な光景を眺めることしかできない。


 静かに眠り続ける女性は、驚くほどに美しかった。

 年齢は20歳にも満たないだろう。長い黒髪が特徴的な絶世の美女。


 その黒髪の美女は、眠ったまま一切動かない。

 だが、かすかに変化があった。

 

 それは―――――眠ったまま、涙を流していた。これまでも、これからも永遠に。





 ― ルートB BAD END 完 ―



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